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八雲で八晴。
今更ながら五巻の後のお話です。
片足怪我してるとか、転んで晴香ちゃんを押し倒す展開期待してたのは私です。
八雲/八晴(原作五巻後)
今更ながら五巻の後のお話です。
片足怪我してるとか、転んで晴香ちゃんを押し倒す展開期待してたのは私です。
八雲/八晴(原作五巻後)
「えっと、汚い部屋ですが、どうぞ」
「本当に汚いな」
「…文句があるなら帰ってもいいのよ」
「………。お邪魔します」
小沢と書かれた表札の前。
松葉杖と晴香に支えられながら、八雲は立っていた。
退院をしたものの、左足はまだ完全には機能しない。
頼る相手もいなくて、不自由な暮らしを強いられると覚悟していた。
そんな中、晴香が言ったのだ。
「私の家に来ない?」
────と。
晴香に松葉杖を預け、ぴょんと跳ねる。
壁に寄りかかり靴を脱ごうとしたら、晴香が手伝ってくれた。
「…すまない」
晴香の脇には大きなボストンバッグ。
こういうときは男であるぼくが、荷物を持つべきなのだろう。
しかも中身は八雲のもの。
気まずさやら済まないという気持ちが倍増する。
「こういう時はありがとう、だよ」
「………」
謝る言葉はすぐに出た。
なのに、お礼の言葉はなかなか出ない。
たった一文字増えただけなのに、口は堅く閉ざされるばかり。
ぼくは、ひねくれ者なのだ。
「もう、いつまでそこにいるの?」
寒いんだから早くして、と背中を押される。
晴香を見下ろすと、本人はまったく気にした様子がない。
まるで素直になれない自分を見透かされているようだった。
「どうしたの?」
だが、このきょとん顔。どうやら無自覚らしい。
「…なんでもない」
左足を庇いながら、ぴょんと廊下を進んだ。
何度か彼女の家に行ったことがある。
だけどそれは事件の最中だったり。
私情で来るのは初めてだということに気が付いた。
しかも、お泊まりという高い高いハードル付きで。
気付いた事実に足が止まる。
「………」
「八雲君?」
小首を傾げる晴香を余所に、右足を軸にくるり方向転換。
「…やっぱり帰る」
「えぇっ!?」
今来た廊下を、今度は出口に向かって進む。
ぴょんぴょん跳ねる八雲の脇をくぐり、両手を広げた晴香が立ちふさがった。
「突然どうしたの!?」
「気が変わったんだ」
「気が変わったって…ちゃんと言って!」
きっと眉尻を上げた晴香に見上げられる。
その瞳は今回の事件を乗り越え、一回り強くなったように感じた。
強い意志の籠もった眼差しに思わずたじろぎ、下がったのが運の尽き。
ぐいと晴香ににじり寄られ、八雲はますます小さくなった。
しばらくの睨み合いの後、突然晴香の眉尻が下がっていった。
不思議に思っていると、晴香は小さな口でポツポツと話し始めた。
「…何か、気に障るようなことした?」
シャツの袖を掴み、一言一言を噛みしめるように繋ぐ。
さっきまで上を向いていた瞳が、今は床を這っていた。
「今回の事件でね、私、何にも八雲君の助けになってないことに気付いたの」
トーンの落ちた声は、指先までをも落とす。
するすると袖を滑り落ちた指先は、八雲のそれに触れ。
人差し指をきゅっと、弱々しく握った。
「いつも助けられてばかりで、トラブルばっかり拾ってきて。…だから」
ちがう。
それは僕が素直になれないだけで、本当は凄く助けになっている。
支えになっている。
口にはしていないが、本当に感謝している。
「だから、少しでも八雲君の役に立ちたいのっ!」
言いたいことがたくさんあるのに、声が出ない。
「だから、私のためで良いから。助けさせて…?」
顔を上げた晴香の泣き笑いの笑みに、心臓がきゅっと握りしめられた。
「自己満足だってわかってる。でも…何か、させてよ…」
人差し指を掴んでいた手が離れ、胸元で握られる。
拳の中には、八雲があげた赤い石。
静かな部屋に、くすんと鼻をすする音。
堪えきれなくなった八雲は、盛大にため息を吐き、寝癖だらけの髪を掻き上げた。
「…わかった」
パァッと上がる顔。
瞳にきらりと輝いた、涙の粒にまた心臓が痛くなる。
泣かせたくないのに。いつもいつも、泣かせてしまう。
自分自身が、もどかしい。
「じ、じゃあ!」
涙を拭くのも忘れ、脇に入り込んでくる一回り小さな身体。
支えようとしているのだろう。
助けることが出来る嬉しさからなのか。
晴香の口端はくいと上に上がっていた。
このくらいの距離など、晴香の手助けは不要。断っても良かった。
だが、脳裏に張り付いた泣き顔が浮かび、素直に助けてもらうことにした。
「……!…!」
「………」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。
まさか嘘泣きだったのか?と疑いたくなるほどに、晴香は楽しそう。
一歩、また一歩歩むごとに頬を赤く染めて笑顔を見せていた。
表面は無表情だが、内心はその逆。
間近に感じる温もりだとか。
柑橘系の良い匂いだとか、わき腹に触れる自分にはない柔らかな身体とか。
息をする音だとか。
ドキドキと体中に血液を送る心臓が、やたらと早く動いている。
とにかく晴香にバレないように、息を深く吸い込んだ。
これほどまでに、部屋までの距離が遠く感じることはこの先ないであろう。
ぼくにとって長い長い廊下を抜け、やっとこさ部屋に着く。
晴香が用意してくれたクッションに腰を下ろし、ベッドを背もたれに座る。
晴香が離れただけで、これほどまでに心臓が落ち着くとは。
思わずため息を吐くと、噂の晴香が覗き込んできた。
「な、なんだ…」
「大丈夫?」
床に手を着き、覗き込む。
胸を強調させていることに気付いていないのか。
柔らかそうな白い胸元に出来た一本のスジ。
息をするのも忘れ、思わず目を奪われる。
…男の悲しい性というやつだ。
「……大丈夫、だ」
「?」
きょとんと間の抜けた顔の晴香に罪悪感。
このままではヤバいと、無理矢理視線を剥がしベッドを支えに立ち上がる。
「どこに行くの?何か手伝うよ」
さっと脇に入り込む。
だが、八雲の顔は浮かない。
小首を傾げる晴香をよそに、八雲は顔をそらしながらこう言った。
「……トイレ、だ」
「あ」
ぼん、と真っ赤に染まる晴香の顔。
それから気まずそうに俯き、しゅるりと八雲の脇から抜けた。
「トイレは、廊下を出て、左のドアだから」
そのまま床の上に正座をし俯く。
髪から覗く耳は、真っ赤に染め上がっていた。
「ど、どーぞごゆっくり」
ぼそりと聞こえた声を背に、八雲はぴょんと跳ねながらトイレに向かった。
end.
次回につづきます。
前々から書きたかった、5巻後のお話…!
晴香ちゃんに看病されちゃう八雲のお話が書きたかったんです。
5巻のあとって身体的には八雲が。精神的には晴香が。
とても弱っているような気がして…
「本当に汚いな」
「…文句があるなら帰ってもいいのよ」
「………。お邪魔します」
小沢と書かれた表札の前。
松葉杖と晴香に支えられながら、八雲は立っていた。
退院をしたものの、左足はまだ完全には機能しない。
頼る相手もいなくて、不自由な暮らしを強いられると覚悟していた。
そんな中、晴香が言ったのだ。
「私の家に来ない?」
────と。
晴香に松葉杖を預け、ぴょんと跳ねる。
壁に寄りかかり靴を脱ごうとしたら、晴香が手伝ってくれた。
「…すまない」
晴香の脇には大きなボストンバッグ。
こういうときは男であるぼくが、荷物を持つべきなのだろう。
しかも中身は八雲のもの。
気まずさやら済まないという気持ちが倍増する。
「こういう時はありがとう、だよ」
「………」
謝る言葉はすぐに出た。
なのに、お礼の言葉はなかなか出ない。
たった一文字増えただけなのに、口は堅く閉ざされるばかり。
ぼくは、ひねくれ者なのだ。
「もう、いつまでそこにいるの?」
寒いんだから早くして、と背中を押される。
晴香を見下ろすと、本人はまったく気にした様子がない。
まるで素直になれない自分を見透かされているようだった。
「どうしたの?」
だが、このきょとん顔。どうやら無自覚らしい。
「…なんでもない」
左足を庇いながら、ぴょんと廊下を進んだ。
何度か彼女の家に行ったことがある。
だけどそれは事件の最中だったり。
私情で来るのは初めてだということに気が付いた。
しかも、お泊まりという高い高いハードル付きで。
気付いた事実に足が止まる。
「………」
「八雲君?」
小首を傾げる晴香を余所に、右足を軸にくるり方向転換。
「…やっぱり帰る」
「えぇっ!?」
今来た廊下を、今度は出口に向かって進む。
ぴょんぴょん跳ねる八雲の脇をくぐり、両手を広げた晴香が立ちふさがった。
「突然どうしたの!?」
「気が変わったんだ」
「気が変わったって…ちゃんと言って!」
きっと眉尻を上げた晴香に見上げられる。
その瞳は今回の事件を乗り越え、一回り強くなったように感じた。
強い意志の籠もった眼差しに思わずたじろぎ、下がったのが運の尽き。
ぐいと晴香ににじり寄られ、八雲はますます小さくなった。
しばらくの睨み合いの後、突然晴香の眉尻が下がっていった。
不思議に思っていると、晴香は小さな口でポツポツと話し始めた。
「…何か、気に障るようなことした?」
シャツの袖を掴み、一言一言を噛みしめるように繋ぐ。
さっきまで上を向いていた瞳が、今は床を這っていた。
「今回の事件でね、私、何にも八雲君の助けになってないことに気付いたの」
トーンの落ちた声は、指先までをも落とす。
するすると袖を滑り落ちた指先は、八雲のそれに触れ。
人差し指をきゅっと、弱々しく握った。
「いつも助けられてばかりで、トラブルばっかり拾ってきて。…だから」
ちがう。
それは僕が素直になれないだけで、本当は凄く助けになっている。
支えになっている。
口にはしていないが、本当に感謝している。
「だから、少しでも八雲君の役に立ちたいのっ!」
言いたいことがたくさんあるのに、声が出ない。
「だから、私のためで良いから。助けさせて…?」
顔を上げた晴香の泣き笑いの笑みに、心臓がきゅっと握りしめられた。
「自己満足だってわかってる。でも…何か、させてよ…」
人差し指を掴んでいた手が離れ、胸元で握られる。
拳の中には、八雲があげた赤い石。
静かな部屋に、くすんと鼻をすする音。
堪えきれなくなった八雲は、盛大にため息を吐き、寝癖だらけの髪を掻き上げた。
「…わかった」
パァッと上がる顔。
瞳にきらりと輝いた、涙の粒にまた心臓が痛くなる。
泣かせたくないのに。いつもいつも、泣かせてしまう。
自分自身が、もどかしい。
「じ、じゃあ!」
涙を拭くのも忘れ、脇に入り込んでくる一回り小さな身体。
支えようとしているのだろう。
助けることが出来る嬉しさからなのか。
晴香の口端はくいと上に上がっていた。
このくらいの距離など、晴香の手助けは不要。断っても良かった。
だが、脳裏に張り付いた泣き顔が浮かび、素直に助けてもらうことにした。
「……!…!」
「………」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。
まさか嘘泣きだったのか?と疑いたくなるほどに、晴香は楽しそう。
一歩、また一歩歩むごとに頬を赤く染めて笑顔を見せていた。
表面は無表情だが、内心はその逆。
間近に感じる温もりだとか。
柑橘系の良い匂いだとか、わき腹に触れる自分にはない柔らかな身体とか。
息をする音だとか。
ドキドキと体中に血液を送る心臓が、やたらと早く動いている。
とにかく晴香にバレないように、息を深く吸い込んだ。
これほどまでに、部屋までの距離が遠く感じることはこの先ないであろう。
ぼくにとって長い長い廊下を抜け、やっとこさ部屋に着く。
晴香が用意してくれたクッションに腰を下ろし、ベッドを背もたれに座る。
晴香が離れただけで、これほどまでに心臓が落ち着くとは。
思わずため息を吐くと、噂の晴香が覗き込んできた。
「な、なんだ…」
「大丈夫?」
床に手を着き、覗き込む。
胸を強調させていることに気付いていないのか。
柔らかそうな白い胸元に出来た一本のスジ。
息をするのも忘れ、思わず目を奪われる。
…男の悲しい性というやつだ。
「……大丈夫、だ」
「?」
きょとんと間の抜けた顔の晴香に罪悪感。
このままではヤバいと、無理矢理視線を剥がしベッドを支えに立ち上がる。
「どこに行くの?何か手伝うよ」
さっと脇に入り込む。
だが、八雲の顔は浮かない。
小首を傾げる晴香をよそに、八雲は顔をそらしながらこう言った。
「……トイレ、だ」
「あ」
ぼん、と真っ赤に染まる晴香の顔。
それから気まずそうに俯き、しゅるりと八雲の脇から抜けた。
「トイレは、廊下を出て、左のドアだから」
そのまま床の上に正座をし俯く。
髪から覗く耳は、真っ赤に染め上がっていた。
「ど、どーぞごゆっくり」
ぼそりと聞こえた声を背に、八雲はぴょんと跳ねながらトイレに向かった。
end.
次回につづきます。
前々から書きたかった、5巻後のお話…!
晴香ちゃんに看病されちゃう八雲のお話が書きたかったんです。
5巻のあとって身体的には八雲が。精神的には晴香が。
とても弱っているような気がして…
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