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八雲で八晴。

お酒ネタです。全二話。

八雲/八晴

「また君か」



通話ボタンを押した八雲は、開口一番にそう言った。

それは、北風が吹く日暮れのこと。



『…やぁ』


スピーカーから届く声は、明らかに暗い。

安物の携帯だ。質の悪さもあるだろうが、その声にいつもの明るさはなかった。


『………』


電話を掛けてきたのは向こうだと言うのに、なかなか喋り出そうとしない。

痺れを切らした八雲が口を開いたそのとき。



『これから一緒に呑まない…?』


と、周りの音にかき消されそうな声がした。






「それは、僕がアルコールが苦手だと知っての誘いか?」


世間は晩ご飯の時間帯。
コンビニで弁当を買い、ちょうど帰宅したときだった。

携帯に小沢晴香から一本の電話が入った。


『そ、それは知ってるけど…』


“飲みに行かないか”…と。

大方、彼女の友達にでもドタキャンされたんだろう。
繁華街で一人ぽつんといる姿が目に浮かぶ。


「生憎、僕は忙しい」

頭と肩の間に携帯を挟み、右と左の手が割り箸を割った。
もごもごと口を動かしながら、返ってくるであろう怒声への皮肉を練る。



だが、八雲の予想とは裏腹に。


『…そっか。うん、突然ごめんね』


晴香はあっさりと電話を切ってしまった。
ツーツーと切断中を示す音が、規則正しく流れている。

「…なんだったんだ?」

しばらくモニターと睨み合っていたが空腹に負け、携帯を折り畳んだ。






それから数時間後。

寝袋の上に寝転がりながら読書に耽っていたときだった。
突然、着信を知らせる機械音が鳴り響き、本を片手に机の上の携帯に手を伸ばす。

「…はい」

視線は手元の紙の上。
天井の蛍光灯を隠すように、高々と本を上げていた。

『おう、…八雲か?』

「僕の携帯に僕以外の人が出るわけないでしょう」

片手で器用にページを捲る。

「寝ぼけてないで冬眠することをオススメします」

携帯から耳を離す。

『うるせー!』

続けてスピーカーから漏れた後藤の怒声に八雲はため息を吐く。
単細胞のパターンなど、とっくに修得している。


「…それで今度はどんな事件ですか?」

『あ?事件じゃねーよ。まぁ、緊急事態と言えばそうだが…って、おいこら!』

スピーカー越しに届く後藤の焦った声と、騒音。
だがそれも数秒としない間に静寂に包まれ、何も聞こえなくなった。

不信に思った八雲が声をかけようとしたとき。


『やぁー、やっくもくーん!』

甘ったるい声が、周囲のざわつきとともに届いてきた。

聞き間違えるわけがない。この声は…


『えへへ〜、私はだぁーれだ!』


この声は、晴香のものだ。



「…君はそこで何をしている」

『もうっ、ちゃんと答えてよぉ』

「君だろ…それで、そこで何をしている」

起き上がり、本を机の上に放り投げる。

『私は“君”なんて名前じゃないもーん』

「良いから答えろ」

『…だって、八雲君がお誘い断るから…』

「……酔ってるな?」

『酔ってましぇーん』

ロッカーの中からコートを取り出すと、それに袖を通した。

「…それで、君はどこにいる」

『えー…ないしょ?』

「君じゃ話にならない。後藤さんに代われ」

『私だってお話できますぅー』

「じゃあどこの飲み屋だ。迎えにいく」

部屋の明かりを消し、冷たい鍵を掛ける。

『……来なくていいもん』

「は?」

『いじわる八雲君は、来なくていーのっ!』

ばーか!ばーか!
酔っているとは言え、馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのはいけ好かない。

しばらくの間、八雲は眉間に皺を寄せ、拳を握って堪えていた。


『っと……や、八雲氏ですか!?』

「だから何度も僕だと…!」

だからつい、声を荒げてしまうも、聞こえた声に再び眉を寄せた。

『ひぃ、す、すすすいません!』

スピーカーから届くのは晴香でもなければ後藤でもない。
石井の声だった。

「いえ…それより場所は」

近くに晴香がいるのか、ぎゃーぎゃーと騒ぐ声が聞こえる。

『ひっ、東口のセンタービル1階の飲み屋です!って、あ、晴香ちゃ』

そこで電話は途切れてしまった。

「くそっ…」

携帯をポケットにしまう。
掛け直す手もあったが、行動に移すより先に脚が動く。


無意識のうちに舌打ちをする自分に驚いた。

なぜイライラしているのかも分からない。


別に、あの男が関わっている訳でも事件に巻き込まれている訳でもない。

ただ酒を呑んで、酔っぱらっているだけなのに…


この感情は一体なんなんだ。



胸元のシャツを握り締めながらも、八雲は暗闇を一生懸命に走っていた。





「帰るぞ」

息が整うより先に、晴香に言い放つ。
肩で大きく息をする姿に、その場にいた3人は驚きを隠せない。

そんなことなど知らず、八雲は晴香の腕を引っ張った。

「送ってってやるから、帰るぞ」

「やだ!」

久しぶりに聞いた生の声は、意外にもまともなもの。

「八雲君、飲みに誘っても付き合ってくれないし、冷たいから嫌い!」

「はぁ?」

意味が分からない。
そもそも会話のキャッチボールができていない。

酔いも冷めたかと思っていたが、どうやら気のせいだったようだ。

呆れてため息を吐く八雲をよそに、晴香は石井の肩に手を置いた。

「それに比べて石井さんはいい人だよ」

「は、晴香ちゃん…!」

誰が見ても緩んだ口元、赤く染まった頬の石井。
今にもふわふわと飛んでいってしまいそうだ。

「話は聞いてくれるし、誘いにも乗ってくれるし」

そんな石井に比例するかのように、八雲は不機嫌なオーラを醸し出していた。

「石井さんって意外とお酒に強いんだよ」

「いえ、そんなことは…」

それに気付かないのは、晴香と石井だけ。
間に挟まれた後藤は出来る限り関わらないように、縮こまっていた。



「わかった」


そう言うと八雲は立ち上がる。

そしてテーブルに置かれたビールジョッキを手にし、一気に流し込んだ…






emd.



八雲vs石井。
いつになるか分かりませんが、続きます。
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