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八雲で一人暮らし八雲シリーズ。

考えている設定を出し切るまで、更新度高めでいきます。たぶん。

八雲/一人暮らし八雲シリーズ 2話

花びらが散った桜の木には、青々とした葉が風に揺られてサワサワ囁く五月の初頭。


見知らぬ街並み。静かな住宅街。

四角いコンクリート作りのマンションが四方に並ぶ。


「えっと…この辺だよね?」


紙上に書かれたたくさんの線たちと、住宅街を見合わす。

けれど線は線。三次元の立体になど成れず、晴香を迷わせた。


ぐしゃりと紙を握り、空を仰ぐ。


「八雲君の新しい家ってどこなのよお」






八雲が部室から出ていった。
それは三日前のことだった。

部室棟に住み着いているのが大学側にバレ、出ていくようにと言われたのが今から丁度七日前。
前日まで他愛のない会話をしていたため、空っぽの部室を見たとき心臓が止まるかと思った。

冷蔵庫やロッカーはいつものように並ぶ。
けれどそこに前日まで置かれていたダンボールがなくなっただけで。
…いつもの席に八雲がいないだけで、こんなにも胸が締め付けられるとは。

膝を落とした晴香は、八雲が来るまで泣き続けた。



そして新しい家が決まったという朗報に、晴香は泣きながら詰め寄り場所を聞き出したのだった。



「ううん…」

その聞き出した場所は、大学近辺の学生アパートが多く並ぶ住宅街。
噂は聞いたことはあるが、駅からは愚か大学からも離れており立ち寄ったことはない。
住民以外に用でもない限り、好き好んで行く者などいないだろう。

そんな場所でただ一人、八雲がメモ用紙にボールペンで殴り書いた地図と晴香は向き合っていた。

眉間に寄せた皺が、ぷるぷると震える。
手にした引っ越し祝いのケーキが収まった箱もそれに合わせて揺れた。

とりあえず落ち着こうと深呼吸をし、再び紙を見下ろす。

「えっと…ここがあっちで、あの曲がり角がこうだから…」

道と紙とを見渡し、くるくると回す。

八雲を呼び出す、という考えはなかった。
というのも昨日、「一人じゃ来れっこない」と八雲にバカにされ、意地を張ってしまったのだ。


どうしても…どうしても私の力で行くんだから。


「あっち…かな!」

目の前に広がる道へ、一歩前進。
…しようと右足を上げたままの体勢で、晴香の動きはぴたりと止まった。

「そっちじゃない」

呆れた声とともに、カーディガンの袖が引っ張られた。
灰色の道を見ていた視線を、肩から肘へ、桜色の袖口へと移す。
そこを掴む日の光を知らないような白い手を視線が捉えてからは早かった。

「八雲君!」

晴香の後ろにはいつもの眠たそうな顔をした八雲がいた。
違うところと言えば、少し疲労の色が見えるところだろうか。

首を捻るように後ろを向く晴香に、八雲はため息を吐いた。

「やっぱり迷ってるんじゃないか」

「ま、迷ってなんかないわよ!」

「へぇ」

わざとらしく驚いた八雲は、右の口端を上げて嫌に笑った。

「君が見ているその道はこっちの道だ」

「!」

してやったり顔で、地図と後ろの道を指す。

つまりは、だ。
なんとなく予想はしていたが、道を間違えていたのだ。

「その年で迷子になるなんて君は本当に…いや、子供だったな」

馬鹿にしたように鼻で笑う。

「私は立派な大人です!」

胸に手を当て八雲に言う。

「そっちもこっちも、まだまだ子供だろう?」

そう言いながら、八雲はこめかみに手を当てた。

「こっち」が頭を指しているのは分かったが「そっち」って…?

ふと八雲が一点を見つめていることに気付き、視線を追いかける。
顎を引くように続く視線の先には、晴香の右手があった。
その下には、赤い石が輝く白い肌が────

「っ!!」

意味を理解した晴香は、きっと顔を上げきゃんきゃん吠えた。
それに対して歩きながら返す八雲の後を、晴香は追いかける。

「見せびらかしている君が悪い」

セクハラだと言う訴えに、嫌そうに歪めた顔で返す。

「これはこういうデザインなの!」

選んだのは私だけど、好き好んで露出するほど変態さんではない。

ただ今日は暑かったから。
夏物も出していなくて、春物の中で一番涼しいものを着てきたのだ。
これでもカーディガンを羽織って、露出は控えた方だ。

そう訴えたが、八雲は耳に指を突っ込み「はいはい」としか返事を返さなくなっていた。

「ちょっと、人の話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

如何にも聞いていないという態度に腹が立ち、戸に手をかける八雲の脇を擽ろうとした。


ふとそこで、自分が日陰に入っていることに気付き足が止まる。

数歩後戻りし、太陽の下空を見上げた。


「ここって…」

そこには、コンクリート作りの建物が建っていた。



「僕の家だ」

といっても一部屋だがな。
隣に八雲が並び説明をしてくれる。


いわゆる、デザイナーズマンション。


かっこいいもの、綺麗なものを好む若者が一度は憧れるその住まい。
けれど部屋を借りるのに必要な家賃その他諸々が学生には辛くのし掛かり、それは儚くも夢へと消えていく。

そんな場所を八雲が借りれるだなんて。
驚きを隠せない晴香が説明を求めるように横を向くが、そこにはもう八雲の姿はなかった。

その姿を探すと、鍵を巧みに使い、中の自動ドアを開けていた。

「って!」

晴香は閉まろうとしている自動ドアに滑り込む。
人を感知したドアは、再度開いた。

「君にしては素早い動きだ」

突然走ったため呼吸が荒くなり、膝に手を突き肩で息をする。
一言文句を言ってやろうと顔を上げるも、そこに八雲の姿はない。

今度はエレベーターだ。

呼吸がままならない間に、エレベーター目掛けて走る。
中にいる八雲にぶつかるようにして、晴香はエレベーターに駆け込んだ。

「…も、ばかぁ…!」

置いてくなんて酷いとか、言いたいことは山ほどあったが出てきたのは「ばか」の二文字。

「僕はそんなひどい人間じゃない」

晴香にしがみつかれながら言うと、八雲は戸の隣に設置されたボタンを押した。
どうやら待つ気はあったよう。

「………」

昇降する四角い箱の中。

狭くて薄暗い密室の中、晴香はせめてもの恨みと八雲にしがみついていた。






end.



想像以上に長くなった。

お読み頂きありがとうございました!
宜しければ、感想をくださると嬉しいです!

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