忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

八雲でパロディ、きょうのはるか。
前回の続きです。

八雲/きょうのはるか(32話)

膝小僧に出来たすり傷。

出血はないが、畳の目の形に晴香の膝は赤くなっていた。

「大丈夫か?」

「きゅ」

青いパッケージのクッキーを食べながら、晴香は頷いた。

膝の間に晴香を挟んだ八雲は、そうかとだけ返し頭を撫でる。
額にも同じように畳の目が刻まれていたが、明日になれば消えているだろう。

「ごちとーちゃまでった!」

クッキーを食べ終えた晴香の機嫌は元通りに戻っていた。
目の前に置かれたテレビのことも忘れ、むしろ上機嫌。
お気に入りのタオルと大好きな八雲に囲まれた晴香は、楽しそうというよりは嬉しそう。

電源の落とされた画面には、晴香の顔がぼんやりと映っていた。

「はるか」

名前を呼ぶと、くりくりした瞳がこちらを見上げてきた。
今度は逃げられないように膝を立てて晴香を囲う。

テレビの右下にあるスイッチに手を伸ばし、人差し指にぐっと力を入れた。
一度繋いだからか、先ほどよりも早く画面が鮮明になる。

音に驚いた晴香は、数分前と同じことを繰り返していた。
ただ違うのは八雲にわき腹を掴まれ、足が宙を切っていたというところ。

ジタバタと両足を交互に出す晴香は強く瞼を閉じている。
これでは転ぶわけだ。
ため息を吐いた八雲は、晴香を腕の中に抱きしめた。

「!」

「これは恐いものじゃない」

左腕で晴香を抱えながら右手でテレビを操作する。
晴香がダンボールと見間違えるほど小さなテレビ。
長く使い込まれたあとなのか、聞こえてくる音はモノラルだった。

左手で晴香の背中をトントンと叩き、右手では配線を弄る。
間違っているところは見られない。
電化製品に強いわけではないが、これくらいならば説明書を見ずとも設置出来た。

「壊れてるのか」

「?」

晴香も興味があるらしく、シャツにしがみつきながらテレビの方を向いている。
試しに下に降ろして見ると、一目散にテレビの元に向かった。

晴香の行動に驚きつつも、八雲もテレビの前に腰を降ろす。
デジタル放送未対応のこのテレビ。
画面の右上にはわざわざアナログと表示されてある。

確かに画像は粗いが、今までテレビのない生活を送っていた八雲は気にしていなかった。
むしろ今は、晴香のことが気になっているのが本心である。

「きゅ…」

ブラウン管には、お昼過ぎにピッタリな奥様向けの情報番組が映し出されている。
どうやら豚肉のしょうが焼きを作っているようだ。
小さいながらも、左下に豚肉のしょうがの文字が見えた。

「!」

晴香は竹箒のように尾を逆立て、額に汗を浮かべている。
威嚇をしているのだろうか。
だが、瞳の輝きからして威嚇ではなく興奮であると八雲は悟る。

それからしばらくして。
晴香の尾がゆっさゆっさと左右に揺れだした。

「気に入ったか?」

ちゃぶ台に両手を乗せ、画面を見続ける晴香に話しかける。
こくこくと頷く晴香の目線はテレビ画面から離れない。

「………」

まあいいか、と近場にあったタオルを一枚一枚畳みに掛かった。

「やきゅ」

「どうした?」

それから五分としないうち。晴香がポツリと話しかける。
見ると、晴香は腹に手を当て何かを訴えているようだった。

「どうした」と話しかけようとしたとき、モノラル音声のテレビから聞こえてきたのは美味を称える声。
そして、現実の世界から聞こえた腹の音。

「……今日の夕飯は、しょうが焼きにするか」

立ち上がった八雲はさっそく買い物の支度を始めた。






買い物から帰宅すると、晴香はさっそくテレビに向かって走っていった。

「先に手を洗え」

「きゅ!」

台所のある板の間と畳の部屋を仕切る襖の前で、晴香が華麗にターンを決めた。
手荒い場の前に置かれた椅子によじ登り、石鹸に手を伸ばす。

それを確認した八雲は、自らは軽く手を洗い買ってきたものを冷蔵庫に仕舞いだした。
晴香と買い物に行くと、つい余計なものを買ってしまう。
今日もゼリーなんて買う予定などなかったのに、買い物袋の中にはそれがある。

「やきゅー!」

手を洗い終えた晴香が、背中に突進する。
前のめりに倒れかけ、冷蔵庫に手を突きなんとか堪えた。

「てーび!」

「片付けが終わるまで待ってろ」

「きうー!」

晴香が地団太を踏む。
慣れっこの八雲は無視を決め、冷蔵庫の収納作業を続けた。

「やーきゅ、やきゅもきゅ!」

「………」

「てーび!てーびのひと!」

「………」

「てーびのひと、たちゅてて!」

「は?」

何のことだと振り返る。
晴香は困ったように眉尻を八の字に垂らしていた。

袖を引かれ、着いていくとテレビの前に辿り着いた。
テレビの横に立つ晴香は、奥行きのあるそこに触れる。

「てーびのひと」

「………」

「だいじょーぶ?」

「………」

何となくは想像がついた。
子供の頃は誰でも、現実世界とテレビの中の見分けが付かないもの。
あの頃ヒーローはいると思っていたし、地球は悪の組織に狙われているとも思ってた。

「その中には誰もいない」

「やきゅ…」

「だから、大丈夫だ」

晴香の頭に手を乗せる。
優しくというよりは力強く、頭を撫でた。

初めは不安げだった顔も時間が経つにつれ段々と和らいでいった。
最後にポンポンと叩き、膝の間に晴香を連れてくる。

「テレビの中に人はいない」

「てーび、ひと、ないない!」

「正解」

頭を撫でると尾がパタパタ揺れた。

「だから君が気にする必要はない」

「ん!」

優しいんだな。
姿が姿なだけに、他人と関わらせたことはない。

「今度、誰かに会わせてみるか」

晴香の頭上に顎を置き、ポツリと呟く。
痒いのか痛いのか、気になるのか。
きゅーきゅーと空気の抜けるような鳴き声で、手足をばたつかせた。

もう大丈夫か、と思った八雲はテレビのスイッチを押す。



〈皆さん、こんばんは〉

「こんばんば!!」



晴香の声は、大きくハキハキとした元気な声だった。





テレビがとても好きになった晴香なのでした。





end.



はるかとテレビをもっと関わらせたかった…
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
[569]  [568]  [567]  [566]  [565]  [564]  [563]  [562]  [561]  [560]  [559
カレンダー
09 2025/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
朝田よる
性別:
非公開
ブログ内検索
最新コメント
[05/23 ひなき]
[09/13 murasame]
[07/19 delia]
[06/27 delia]
[05/20 delia]
忍者ブログ [PR]