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八雲で八晴です。

そういえば八雲は結局扇風機を買ったんですかね?

八雲/八晴(恋人未満)

小沢晴香は容赦なく照りつける日差しにため息を吐いた。
瞼の上に手を置き睨みつける太陽は、7月に入ったばかりだというのにこの強さ。
暑さは、地球は一体どうしてしまったというのか。

…考えていても仕方ない。

肩に掛けた鞄からタオルを取り出し額の汗を拭い取る。
日陰を選んで歩いていても、毛穴から吹き出る汗は止まらない。

「臭わない…よね」

キャミソールから覗く肩口に鼻を寄せ確認。
よし大丈夫、と声を出し、晴香は部室のドアを開けた。



「やあ!」

気持ちだけでも暑さを吹き飛ばそうと、活気良く挨拶をした。
だが、肌を撫で溢れ出る熱気に驚き、思わず後ずさる。

部室の中から湧いてきたのは、言葉にするとおかしいが粘り気のあるようなどろっとした風。
まるで生き物がそこにいるかのような熱気は、外と変わりようがない。
いやむしろ、籠もっていた分、質が悪い。

小虫を払うように手で扇ぎながら、中に進む。
晴香のテンションは、今の数秒で明らかに下降していた。

「やぁ」

「……また君か」

めんどくさそうな声で返ってくる返事。
この部屋の主である斉藤八雲は、今日も今日とて変わらずそこにいた。

「よくこんな場所にいられるわね」

冷房が完備されていない部室棟。
唯一の頼りである扇風機は、数年前から壊れたまま、部屋の隅に放置されていた。
この部屋で現役活動している冷房機器は、扇子だけだった。

「暑いと分かってるなら、来なければ良い」

「ほかに居場所がないの」

その扇子で、第三ボタンまで開けたシャツの中に風を送り込んでいた八雲は、晴香を見上げた。
八雲の視線があまりにも哀れなものを見る眼差しで、晴香は慌てて弁解する。

「ほ、ほら!この時間って自習室いっぱいでしょ!それに図書室じゃ、静かにしてないといけないし」

必死な晴香をよそに、八雲はクッと喉を鳴らした。

「そんなの、僕だって知ってる」

いや、むしろ僕の方が知ってる。
ニヤニヤと焦る晴香を見て笑う八雲に、晴香は怒りがこみ上げてきた。

「もうっ!」

サンダルのヒールで八雲のすねを蹴ってやった。

「暴力は反対だ」

頭上から来る降ってくる言葉から、痛みを堪える様子は見られない。
人のことをまた馬鹿にして……

「………」

晴香はしばらく伏せていることにした。


怒ってるってことを伝えたかったし、八雲に口で勝てないことは知っているから。
でも本当は、暑くてなにも考えたくないというのもあった。


「………」

ため息とともに、髪がふわりと揺れた。
顔を上げると、扇子が目前を過ぎ去るところだつた。

「八雲君…」

「ここで怒られても暑くなるだけだ。わかったら機嫌を直すか出てくか、選ばせてやる」

ニヤリと口の端を上げて怪しく笑う。

「……わ、か、り、ま、し、た!」

八雲の言うことを聞くのは癪に障るが、居場所のない晴香は聞くしかない。
それでいいんだと言う八雲が、意地悪な顔をしてるのは想像がついて、顔を上げることが出来なかった。

うつ伏せたまま、晴香はしばらく扇がれていた。
机の上は意外とつめたくて気持ちがいい。
伸びるふりをして、腹から上の上半身を机の上にくっつけた。


「冷たい…」


なんだかんだ、八雲は優しいのだ。
口は悪いし態度も最低だけど、本当はとっても優しくて他人思いなのだ。

ただそれが相手に伝わるか伝わらないか。
伝えようにも、八雲の瞳を見ただけで逃げてしまう。

八雲の隣は、こんなにも居心地がいいのに。


「なんで分からないのかなぁ…」

「なにがだ?」

「なんでも」


まあでも、だからこそ八雲と二人きりで居られる。
誰にも邪魔されず、他愛のない会話も出来る。

「ふふっ」

「怒ったり笑ったり、訳の分からないことを言ったり。暑さで頭がやられたか?」

「べっつにー」

「…返事になってない」

眉をピクリと揺らした八雲が、何か言いたそうに睨む。
けれども、ため息を吐き目を逸らすだけだった。

起き上がった晴香の顔に、風が当たり頬を撫でていく。
汗ばんだ額に前髪がくっついたが、不思議と不快感は感じられなかった。
扇子で送られる風はどこか優しく、機械の風に慣れた晴香には新鮮である。

目が乾き瞼を閉じ、風を楽しむ。
一扇ぎの風は、少量ながらも涼しく優しかった。


しばらくそのままでいると、前触れもなく風が止む。
瞼を開けて捉えた八雲は横を向き、寝癖だらけの髪を掻き回していた。

「君ってやつは…」

「?」

「いや、なんでもない」

「何よ」

ぱたりと一扇ぎ。八雲の髪がゆらりと揺れた。

「……もう少し、警戒心を持ったらどうだ?」

「警戒心?」

何に、と問うとこれまた髪を掻く。
今度は苛立ちが際立っているようで、ガシガシという音がした。

「これはあくまで生物学上での話だ」

「はぁ」

「…君は女だ」

「何をいまさら」

「だからな…」

「だから?」

「………」

八雲は口達者だというのに、様子がおかしい。
いつもならば八雲の挑発に乗り私が声を荒げている頃であろうに。

どうしたの、と口を開け掛けたとき。

「どうして君はここに来る」

「どうしてって…」


「安心する…から?」

疑問系の返答。
予想通り、なんだそれはと顔をされる。

正直に言うと自分自身でもなんだそれはと言いたかった。


ただ、安心するのだ。八雲といると。

それは他愛のない毎日の付き合いからなのか、今まで守られてきたからなのかは分からない。


でも、あるでしょう?

一緒にいるだけで安心できるってこと。


「そんなものか」

「そんなものよ」

ふんと胸を張る。
そのとき、外から聞こえるチャイムの存在に気が付いた。

「あ!次、講義あるんだった!」

立ち上がり鞄を肩に掛けると、腕時計の文字盤を確認。
今のは終業のチャイムではなく、始業のチャイムだ。

「相変わらず、君はマヌケだな」

「うるさい!」

振り返り様に声を上げてやると、同時に何かが飛んできた。
両手の間で数度行き来した後、ポンと右手に収まる。

「!」

顔を上げると、八雲は涼しげな顔で片手を上げていた。


「いってこい」

「…いってきます!」


晴香は手の中の扇子を握り締めると、走り出した。






end.



夏ですね!
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