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八雲で八晴です。

梅雨明けした地域が出てきたようですね。
夏は好きなので梅雨が明けてくれるのは嬉しいですが、少し寂しいです。

八雲/八晴(恋人設定)

「ありがとうございましたー」


機械のように再生される気だるげな店員の声を背に、小沢晴香は空を見上げる。

大粒の水滴が滝のように降り注ぐこの街は、突然の雨に襲われた。

こんなときに限って折り畳み傘を忘れてしまった晴香は、コンビニエンスストアで買う羽目になってしまった。
家に帰れば、傘立てに溢れんばかりに刺さる傘たちが迎えてくれる。

「次からは気をつけよう」

苦笑を浮かべた晴香は、傘を広げた。


さっきまでは乾いていた地面には大きな水たまり。
避けた先で待っていた水たまりを、踏みつけ出したてのサンダルは一気に水浸しになってしまった。

「もう…」

ため息を吐き、行き交う人々に何気なく目を向ける。

折りたたみの弱い骨が、風に煽られゆらゆら揺れる。
そのうち折れてしまうのではないだろうか。
晴香の不安をよそに、その人は交差点の先へと消えていってしまった。

点滅する青信号。

濃紺に変色したスクールバッグを頭に、走る学生。
骨格の大きな肩に降り落ちる雨粒は、学生服を黒よりも黒く染めていった。

カラスがぶるりと羽を震わせた。

それを他人事というよりは、平行世界を眺めるようにぼんやりと立ち尽くす。

洗濯物を干しっぱなしだった。

今日は荷物が届くから、6時までに帰らなくちゃいけないんだった。

今週締め切りのレポートも、まだ終わっていない。

やることは、まだまだたくさんある。


信号が赤に変わった。


「あれ?」

見覚えのある後ろ姿に、晴香は一瞬にして現実世界に引き戻される。
雨に濡れて、だいぶ髪がストレートになっていたけれど、今のは確かに…


さっきまでは何のやる気もなく突っ立っていた足が、今は早く早くと足踏みをする。

車道を走る車と、向こう側を行き交う人々の間。
わずかな隙間から、姿を探す。
前後左右に揺れ、逃さまいと視線で追いかけたが、それも虚しく人々の中に紛れ込んでしまった。


信号が青になった途端。

晴香は走り出す。

姿は見えずとも、この道が繋がる先は大学。
距離はあるが、八雲がこの道を歩いているときは、8割方住処である部室棟に帰るとき。

ジーンズに飛び跳ねる水たまりも気にせず、晴香は走る。

「や、やあ!」

見つけてすぐに声をかける。
今どきの若者のように音楽を聞くこともない八雲は、すぐに気付き振り返った。

「なんだ、君か」

「君か、じゃないでしょ」

足を止めた八雲の身体は全身びしょ濡れ。
交差点で見かけたときに気付いたが、改めて見た晴香は思わず眉間に皺を寄せる。

「びしょびしょじゃない!」

右手を突き上げ、頭一つ分高い八雲を傘に入れようとする。
けれど八雲は、警戒した猫のように半歩後ろに下がってしまった。

半歩逃げられたのならば、一歩近付くだけ。

一気に縮まった距離に自分でも驚きながらも、弱々しい姿は見せず。
無理矢理に傘の中に連れ込んだ。

「傘ぐらい買ったらどうなの?」

無理矢理だけど、相合い傘の出来上がり。
なんて思っちゃったら、急に恥ずかしくなってきた。

「僕は、傘は買わない主義なんだ」

「買わないって…」

「君みたいに傘が増えていくなんてドジ、僕はしたくないんでね」

それで困らないの、と言い掛けたときに帰ってきた返事。

まるでこちらの心情を知り尽くしているかのような。
にやりと意地悪く笑った八雲は、髪型は違えどやはり八雲だった。

「逆に、ありすぎて困ってる奴もいるんじゃないか?」

「………」

うっ、と声が出かけたのを全身の力を使って止める。
声は出ていないはずなのに、八雲に図星だななんて言われたら仕方がない。
大人しく白旗を上げる。

「でも…ないよりはあった方が良いじゃない?」

「僕には分からない」

「…そんなことないでしょう」

今だって充分に活躍しているのに。
それを八雲に説明しようとしたが、何を言っても無駄だと知っている晴香は諦めた。

「おっ」

唐突に声を出す八雲。
顔を上げると、八雲はビニール傘越しに空を見上げていた。

灰色の薄暗い雲の隙間からは、まばゆい光が射し込む。
雨とビニールの汚れで、鮮明とは言えないぼんやりとした空。
目を細め瞼の上に手をかざしてやっと、それが太陽なのだと気が付いた。

「また、仕事をなくした哀れな傘が増えたようだな」

「ちょっと、それどういう意味よ!」

「言葉通りに受け取ってくれて構わない」

笑う八雲に、晴香は傘を開いたまま振り回す。
避ける姿は猫というより氷上のスケート選手。
輝く氷も声援を送るお客もいない中、二人による攻防戦はしばらく続く。

しかし飽きた八雲が傘を掴んだことによって、それに終止符が打たれた。

「傘…無駄になっちゃったなぁ」

開いたままの傘を、正面に構えくるくる回す。
水滴が飛び跳ねることはなかったが、ビニールの汚れは付着したままだ。
見ていた八雲は、それをやめさせるように傘の柄を押さえる。

「そんなことはない」

「?」

傘は正面に向けたまま、八雲は傘を顔の高さまで上げた。

使うのかなと両手を離そうとしたとき。
まばたきをした一瞬の間に、八雲の顔は目前3センチにまで迫っていた。

そして避けるよりも前に、脳が動きについてくるよりも先に。

唇に柔らかいものが触れた。


秒数で表すならば、1秒にも満たない時間だっただろう。
あまりの近さに、唇に何が触れたのか一瞬分からなかった。

けれど、視界いっぱいに見えた左右違う色の瞳だとか。
鼻の先を掠めた濡れた前髪とか。
雨の日の、土臭い匂いに混じって感じた、汗の臭いと彼の匂いに。

それがキスなのだと気付くのに、長い時間は有しなかった。


「傘も使い方によっては邪魔じゃない」

八雲は言いながら傘を閉じる。
雫が重力に従って、シミだらけのコンクリートをまた濡らした。

「君の言うとおり、ないよりはマシかもな」

ただでさえいっぱいいっぱいの晴香を追い詰めるように、耳元で囁く。
バッと飛び退いた晴香は、耳まで赤く染まっていた。

「こうすれば街中でも出来るし」

「ば、ばか!」

肩に掛けた鞄で、八雲の背中をありったけの力で叩いた。

「おい、傘忘れてるぞ」

「もう八雲君にあげる!」

逃げるように駆け足で歩く晴香に、八雲はおいと声掛けた。

「次買うなら、ビニール傘はやめろ」

何のことかと思わず振り返る。
何故か八雲は傘を差し、先ほどの再現をするように顔を隠していた。


「!」


いくら距離が離れていようとも。

いくらビニールが汚れていようとも。


その先の八雲の姿は、鮮明に見えていた。


「ばっ…、かぁぁあああ!!」



走り去る晴香を、斉藤八雲は傘を回しながら見送った。






end.



傘の中で、隠れながらの秘め事とかトキメキます…!
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