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八雲で八晴。

八雲が風邪をひいてしまうお話です。
前も書いたことのある題材のような気がしますが…
リベンジということで!

八雲/八晴(友人設定)

「────もくん、八雲君!」

「!」


伏せた目に光が宿る。
顔を上げた八雲の瞳に、晴香が映り込んだ。

「大丈夫?」

「何が」

「何がって…」


八雲の様子がおかしい。

そのことに晴香が気付いたのは、事件現場に着いた時だった。
いつもより元気がないというか、八雲にしては隙がありすぎる。
今日一日で何度も脇腹をつつくことに成功している。

「…まあ、いいけど」

八雲にもそんな日があるのだろう。

その程度にしか思っていなかったが、まさかあんなことになるなんて。
この時の晴香は思いもしなかった。


後藤の依頼で山奥にある廃工場に来ている。
けれどそこには“何も”居ず。
出番のない八雲と、金魚の糞のように着いてきた晴香は、現場付近で時間を潰していた。

「はい。微糖でよかった?」

ベンチに腰掛ける八雲に缶を差し出す。
少しの間があってから、あぁとだけ言って受け取る八雲に晴香は眉を寄せる。

いつもだったら、皮肉もセットで付いてくるのに。

横目で八雲の様子を窺いながら、晴香は缶のプルタブに指を引っかけた。

「おう、待たせたな」

「もう良いんですか?」

「あー…」

無精髭の生えた顎を掻き黙る後藤。
言いにくそうな後藤をよそに、石井が前に出てきた。

「いま連絡が入りまして、行方不明者も無事発見されました」

「このばか!」

後藤の鉄拳が石井の頭上に落ちる。

警察がちゃんと捜査していれば僕が無駄足を踏むことはなかったのに。
これだから後藤さんはいつまで経っても熊のままなんです。

三人はおそるおそる八雲を横目に窺う。
それくらいの言葉が来るのを想像していたが、いつまで経っても出てくる様子はない。


「八雲君?」

やっぱりおかしい。

不思議に思った晴香が八雲の前に回ったそのとき。
一回り大きな八雲の身体が晴香に覆い被さってきた。

「!?」

突然のことに目を白黒させる晴香。
全体重を掛けられたそれは、抱きしめられる、というよりは押し倒すに近く。
ふらふらと後ろに下がる身体が、コンクリートの壁にぶつかった。

逃げ場のなくなった晴香を、八雲は更に壁に押しつける。
耳の近くで聞こえる鼓動の音に、自らのそれも速まった。

「や、ややややくもくん!?」

声が裏返る。
壁と八雲に肺が圧迫され呼吸が苦しい。

遠くの方で大胆だなと煽る声がしたが、構っている余裕など今の晴香にはなかった。
首を掠める荒く熱い吐息に、顔から火が噴き出してしまいそう。
肌と肌とが直に触れ合い、八雲に触れた部分だけより一層熱い。

滅多に触れることのない八雲の身体は、風邪を引いたときのように熱を持っていた。

「熱……」

口にして、はっと気付く。
膝を着き、八雲の身体を支え、すぐさま八雲の額と自らのそれを合わせる。

「…熱い」

目を開けると、八雲が苦しそうに肩で呼吸をしていた。

「後藤さん!八雲君、熱があります!」

「は?」

「車!早く出してください!」

晴香は八雲の肩を抱えると、駐車場に停めてある車目掛けて歩き出す。

さすが警察と言うべきか。
頭の回転が早く、後藤はすぐに車に向かった。

「石井!晴香ちゃん手伝ってやれ!」

「は、はいぃっ!」

対して理解しきれていない石井は、それでも晴香の手伝いをしに走る。

そして転んだ。






額に置いた濡れタオルに晴香は触れた。

部屋の真ん中に敷かれた布団の中に、八雲はいる。
あの後、気絶してしまった八雲は、そのまま眠りに付いてしまった。
今は少し落ち着きを取り戻し、呼吸も静かになっている。

「晴香ちゃん」

「!」

部屋に射す明かりに振り返ると、敦子が襖の前に立っていた。

「八雲君、まだ目を覚まさない?」

「はい…」

膝の上で拳を握る。
濡れタオルの冷たさに、八雲がいなくなってしまった時のことを思い出し苦しくなった。

「お薬持ってきたから、八雲君が起きたら飲ませてあげてね」

「はい」

笑えただろうか。
今出来る精一杯の笑みで、薬と水の乗ったお盆を受け取る。

「今夜はどうする?」

「ご迷惑じゃなければ、もう少し待たせてもらっても…」

「晴香ちゃん」

手に手が触れる。

「今夜はここに泊まっていきなさい」

敦子さんの手はかさかさで、でも暖かくて。お母さんを思い出した。

「ね」

「はい…!」

それから敦子は、夕食の支度をしに部屋を去っていった。
一人残された晴香は、温いタオルを冷やそうと立ち上がろうとした。

だがそれは、伸びてきた手によって防がれる。

「!?」

とっさに振り払おうとしたが、視界に映ったものに腕が止まる。

「母さん……」

「え…?」

呼ばれた名に、晴香は目を見開く。


手は大きくて角張っている、男らしいものなのに。

今、晴香の腕を掴むそれは、子供のものと見間違えるほど弱々しい。

焦点の合わない瞳は潤い、いつもの強がりからは想像もつかない姿。


思考が追いつかない晴香が制止していると、その瞳が少しずつ見開いていくのが分かった。

「!」

目を覚ましたのだと理解すると同時に、手を振り払われる。
一瞬の出来事に晴香は瞬きを繰り返し、八雲を凝視する。

八雲が目覚めたことよりも、腕を掴まれたことと…
それから、母親と間違われたことに驚きを隠せない。

八雲が咳き込んだのが合図。晴香は現実に引き戻された。

「大丈夫?」

「ここは…」

涸れた声に心配が募る。

「後藤さんち。八雲君、風邪で倒れて連れてこられたんだよ」

覚えてる?と尋ねると、力無いながらも確かに頷く。
八雲の顔に安堵の色が見えた。

だが、晴香の腕を掴んだ一連の出来事を思いだし、顔が強張る。

今の八雲は弱りきり、無防備で隙がありすぎる。
鈍感な晴香でも、八雲がなぜそんな顔をしたのか原因が分かり、口の端が上がってしまう。

滲む視界の中。笑う晴香が目に入り、八雲は重い体を動かした。

「せめて、お薬飲まないと」

「いらない…」

こんな自分を見せたくない。

長いこと眠っておいて、今更なにを言っているのだ。
それだけでなく、母親と間違えるという失態まで表して。

すぐにでもうつ伏せて、枕に顔を埋めたかったがそんな気力などない。
目覚めたときよりも明らかに熱い顔を隠すのに精一杯だった。

「お薬飲まないと、早く治らないよ」

熱で痺れた手に、こつんと何かが触れた。
柔らかくて、冷たい何か。

頭を動かして見上げた先で、晴香が笑っていた。
さっきは霞んでいて分からなかったが、今度はちゃんと分かる。

「八雲君が寝れるまで、こうしててあげる」

暗い室内。淡い電球の陰になった笑顔は、十数年前に見た母親と同じもの。

言葉だけで、実際に何かをしたわけではない。
なのに、触れた指先から熱が奪われていくようだった。



「でも、やっぱり薬は飲まなくちゃ」

「……はい」






end.



お母さんと間違えるシチュ好きです。
実際にやるとすごい恥ずかしいですが。
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