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八雲できょうのはるか!

『台風の日のお話』のつづきが読みたい!というお言葉を頂いたので。
前回の『きょうのはるか』シリーズの続きでございます!

八雲/きょうのはるか

傘を畳んでは開く。その淡々とした作業を何度も繰り返す。
中心の棒から放射線状に飛んでいく滴は重力に敵わず、錆びた廊下に落ちてゆく。


傘を開く度に尻尾を膨らませる未確認生物は、嵐の中一枚の布切れを街中探し回り木登りまでさせられた不運な男子学生の足元でその様子を眺めていた。
しゅるしゅる萎んでいく八角形のビニールに、尻尾も元通り。
また開くと、そこだけが別の生き物のようにまた膨らんだ。

「そんなに近付いたら、目に入って危ないぞ」

忠告を受けた晴香は、八雲の後ろに回る。
そして足の間から、延々と続く作業を眺めていた。






我先にと部屋に上がろうとする晴香を抱え、八雲は風呂場に直行。
服を着たまま風呂場に連れて行かれた晴香は「めっ」と頬を膨らまし出ていこうとする。

「今日は特別だ」

「ときゅぺちゅ?」

首を傾げる晴香に袖を捲りながら、顎で風呂場の外を差す。
そこには玄関から風呂場までの道のりを示す一人分の足跡がくっきりと残っていた。

「ちゅごい!」

「すごいじゃない」

目を輝かせる晴香の額を、指で弾く。
きーきー怒る小動物を無視し、八雲はその間に浴槽を洗った。


濡れた服ほど肌に嫌な感触を残すものはない。
剥がそうと摘んでも、すぐにまた貼り付いてしまう。

特にジーンズは酷い。
生まれたての子羊のようによろめく体に、しゃがみ込みたくなる。
なんとか脱ぎ終わるも、想像以上の体力を有した。

隣を見ると、床に転がった晴香が、貼り付いたシャツと格闘しているところだ。

その姿は一人格闘技。

しばらく眺めていた八雲だったが、蹴飛ばされてやっと、脱ぐのを手伝ってやることにした。






風呂から上がった一人と一匹は、洗濯物を干す。
もちろん外は大荒れ。

部屋の中を縦横無尽に張り巡らされた紐に、手洗いした衣服を干していく。
元々、洗濯物を干している途中にあの事件が起こったのだ。
洗濯物は山になって晴香の腕の中に抱えられていた。

前の見えない晴香は、濡れて重量の増した衣服と闘っていたが、八雲が気付くことはなかった。


「よし」

洗濯物を干し終えた部屋は、それはそれは奇妙な光景である。
しゃがみ込んだ晴香は、上を見上げて口をあんぐりと開けていた。

その間に外から傘を取り出し、部屋の中に広げる。
表面に滴は見えなかったが、触れてみるとまだ湿り気がある。
少し迷って、床の上に広げて干すことにした。

「レポートでもやるか」

誰に言うでもなく八雲は呟き、部屋の隅の無法地帯から数枚の紙切れを探る。
それから台所に向かい、ヤカンを火にかけた。

ホットミルクを作っていて、いつもは足元にしがみついている晴香がいないことに気付く。
部屋の方へ目を向けると、傘と向き合っている晴香の姿があった。

指を加えてじいっと傘を見つめている。
しばらくすると意を決したように頷き、傘の中に潜り込んだ。

いくら小さな晴香と言っても、床に置かれた傘の中は大して広くない。
四つん這いになって、傘の中で丸まるので一杯一杯。
悪さをするかと思いきや、珍しく大人しくしている。
大丈夫だろうと見込んだ八雲は、鳴き出すヤカンの火を止めた。



「もきゅうっ!」

電子レンジがチンと鳴く頃。
傘の中の楽しさに気が付いた晴香も、また鳴く。

ビニール傘のビニール越しに、ぱああと輝いた笑顔が見える。
それから全身で嬉しさを表現するように、寝転がって足をバタつかせていた。

「近所迷惑になるからうるさくするな」

「きゅい」

騒ぐのは止めたが、傘から出てこない。
きゅふきゅふ言いながら、口元に余った袖を押し当て笑っている。

傘の中の何が楽しいのか。
あとで聞いてみようとため息を吐いた八雲は、温めた牛乳にシロップを注いだ。



晴香の元に戻り、レポートを始める。
すかさずくっ付いてきた晴香は、八雲のレポートを見つめている。

「どうした?」

「なになに?」

「レポート…宿題だ」

「きゅー…」

それ以上は何も言わず。
たくさんある内の一枚のタオルをしゃぶり、八雲の膝を枕に寝転がった。


雨の日、外を出歩く人が少ない日。

子供たちの声も、小鳥の囀りも聞こえない。

耳に入るのは、窓を叩きつける風と雨の音だけ。


耳障りな音ではあるが、嫌な感じはしない。
聞こえるようで聞こえない。人の囁く声よりは、何倍も良い。

八雲は勉強に集中出来た。だが晴香は違った。


「ちゅまんまい」

起き上がって早々に告げ、今度は八雲の背中に飛びつく。

「つまんないってなんだ」

前のめりに倒れる体。また重くなった気がする。

「だっこ、ちて!」

「はいはい」

「おんぶゅー」

「はいはい」

「やきゅもきゅん、も!」

「次はなんだ?」

「あれ!」

背中から飛び降りた晴香は、傘の中から手招きをする。

「残念だが、僕はその中には入れない」

「きぅ…」

伏せた目で傘の下から出てくると、膝の中に戻ってきた。
晴香を抱えるように丸まり、レポートを再開しようとペンを握る。
しかし、思わぬ邪魔が入った。

丸い手が、八雲が持つ飾り気のないシャーペンを掴みぐにゃぐにゃに線を描く。

「おい」

「……やきゅ、と。いっちょにあちょぶ」


「そこは“遊ぶ”じゃなくて“遊びたい”だ」

「あー、ちょー、ぶー、のー!」

「……わがままを言うな」

目に涙を溜めてきゃんきゃん吠える晴香は、自暴自棄になっている。
涙を拭いてやろうと引き寄せたティッシュは、いつの間にか晴香のオモチャになっていた。


宙を舞うティッシュに、八雲はため息。

洋服がずらりと並ぶ部屋にティッシュが舞う。
幻想的な光景に思わず目が奪われる。
時間が経って冷静になってみると、そんな感情はすぐに崩れ去った。

空箱に噛みつく晴香の顔をティッシュで拭い、部屋中に散らかったそれらを拾い集める。

「悲しいからって、ティッシュを散らかすな」

「あめ、やーやっ…なの」

「それでもティッシュは悪くない」

叱られた晴香は、垂れた耳を更に垂らしとぼとぼとティッシュを拾い集める。
机の上のティッシュの山は、あっと言う間にレポートを埋めた。

「まったく…こんなにティッシュを無駄にして」

「………」

隣に立つ晴香は、いつもより小さく見えた。

「仕方ない」

びくりと体を震わせ、シャツの裾を掴んでいる。
その姿はまるで宣告を待つ囚人のよう。


そんな晴香を抱き上げた八雲は、小さな体を膝の上に座らせた。


「てるてる坊主を作るしかないな」


「てりゅて…?」

膝の中で、なぜか頭を抱える晴香が首を傾げる。
偽の雪山から一枚ティッシュを摘み、それを手のひらの中で丸める。

「晴れるおまじない、だ」

「おまじまい?」

「ああそうだ。晴れるおまじない」

丸くなったティッシュを、きれいなティッシュで包む。
残りを、落ちていた輪ゴムで縛り、完成したてるてる坊主に顔を描いた。

「こんなにティッシュを散らかしたんだ。君も責任を取れ」

八雲に渡されたてるてる坊主は、作った本人には似合わずニコニコ笑顔だった。
顔を上げた晴香が見た八雲も、ニコニコではないが笑っているように見えた。

「りょーかい!」


パタパタと尾を振る晴香は、額の前で敬礼を決めた。






雨の日にたくさんのことを学んだ、晴香なのでした。






end.



八雲がはりゅかに甘過ぎて誰これェ…状態。
厳しく書こうにも、いつも最後は甘くしちゃって。
はりゅかがただのわがままかまってちゃん化です。
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