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八雲で八晴です!

体調の悪い晴香ちゃんと、それを心配する八雲のお話。
もしかしたら続くかもしれません。

八雲/八晴

読んでいた本から目を離す。
八雲は気付かれないように心掛け、恐る恐る晴香に視線を向けた。



講義を終えた晴香が、ここへ来るのは日課と化している。

一方的に喋ったり、新商品のお菓子を持ってきたり。
今日のようにレポートに追われていたり。


その度に八雲は皮肉を口にしたが、晴香は毎日のように遊びに来た。



八雲が盗み見た晴香は、珍しく熱心に勉強をしていた。

机に広げられた学習書とノート、それから筆記用具。
こちらの視線にも気付いていないようである。
八雲はほっと胸を撫で下ろした。


「………」

それにしても珍しい。
晴香が喋らず、お菓子も食べず、鼻歌も歌わずに勉強をしているだなんて。
やっと自らの重度な馬鹿さに気付いたらしい。感心感心。


読書を再会しようと、視線を戻そうとする。
しかし、八雲が本を読むことはなかった。


八雲は眉を寄せる。


「おい」

「………」

今度はちゃんと顔を向け、話しかけるが無視。
声が小さかったわけでもない。

「おい!」

「………え?」

二度呼びかけて、晴香はやっと顔を上げる。
しかしその顔を見て、眉間の皺は更に深いものになった。


顔が、赤い…


「…まったく進んでないじゃないか」

ノートを指さし探りを入れる。

部室に来て、もう30分は経とうとしていた。
それなのに、ノートは白紙のまま。
学習書も始めに開いたページのままだった。

「えへへ、ちょっと難しくて」

笑っておどけてみせるが、八雲は笑わない。
じっと睨むように見つめる。
泣かせるようなことをした覚えはないのに、晴香の瞳が潤んでいた。


静かに本を閉じ、机に手を置き身を乗り出す。
栞を挟み忘れたことに気付いたが、すぐに忘れた。

「!」

前髪を手の甲ですくい、普段は見えない額に触れる。
少し汗ばんだそこは、吸盤のようにぺたりと手のひらにくっついた。

「な、なにしてるの…?」

普段ならば、手を払うなり反抗してくるはず。
しかし、目の前の晴香は別人のように静かだった。

「………」

しばらく触れていると、体感温度が麻痺してくる。
肌の上で手を滑らせた八雲は、ほんのり桜色に染まった頬を両手で挟んだ。

右手と左手。両手で確認した八雲は確信した。


「…熱があるじゃないか」

それを聞いた晴香は、さっきまで阿呆のように開いていた口を結った。

目を逸らそうとしたが、八雲はそれを許さない。

両頬を挟む手を引き寄せ、無理やり視線が合わさる。
熱があり体の自由が効かない晴香は、八雲に成されるがまま。
八雲も、そんな晴香に事の重大さを知らされた。


別に、部室には強制で着させているわけではない。
だから彼女の来たいときに来させ、帰りたいときに帰らせてきた。


なのにどうして。

弱っているのに、どうして彼女はここへ来る?


「熱があるなら、こんなところにくるな」

遠回りにだが、家で安静にしてろ。と言った。
しかし人とは面倒な生き物。日本語は難しいもの。

目を伏せた晴香に、八雲はしまったと口を結んだ。

「ごめんね…移したら大変だもんね」


そうじゃない。


否定をしたかったが、言葉が出てこない。
金魚のようにぱくぱくと口を動かし、言葉を探したがタイムオーバー。

「じゃあ、また明日」

机を支えに晴香は立ち上がる。
その足は生まれたての小鹿のように、定まっていなかった。


素直に言えていれば、こんなことにはならなかったのだ。


一歩、また一歩。
不確かな歩みで離れていく姿など、見ていられない。

考えるよりも先に体が動いた。


晴香はドアの取っ手に手を伸ばす。
しかし、それよりも先にどこからかから手が伸びて来た。


「トラブルを拾ってこられたら困るからな」


ドアを開けると、外からつんとくる冷たい風が肌を撫でていく。
寒いというよりは、痛かった。

返事がないのを不信に思い見ると、あの惚けた顔でこちらを見上げている。

わからない、と言わんばかりの表情。
こんなときだけ鈍感になるな、とため息が出る。

「………送ってく」


口から出てきた素直な言葉。
むずむずとこそばゆさを感じる。

それでも晴香は動かない。
堪え切れなくなった八雲は、晴香の肩をぽんと押す。

されるがまま歩みを進めるその姿に、胸が痛んだ。






風邪をひいた晴香を家に送るミッションは、そう簡単なものではなかった。
定まらない足取りは、八雲を大変困らせた。

歩道側を歩かせているのに、車道の方へ曲がって行ったり。
自転車が来ているのに、自分からそっちの方へ行ったり。

危うく、怪我をするところだ。

今でも自転車にぶつかった腰が痛い。


「体調が悪くても、トラブルメーカーは変わらないな」

彼女に、少しでも変わらないところがあった。
それは八雲を安心させるには十分だった。


「………え?」

「着替え終わったか?」

「あぁ…うん」


桃色の上下揃ったパジャマ。
彼女らしいな、という感想を飲み込み八雲はため息を吐いた。
今日一日で何度目になるだろう。

「体調くらい自分で管理しろ」

子供じゃないんだから。
口まで布団を被り「こういうときだけ大人扱いする」と言ったのを、聞き逃さない。
じろりと睨む八雲に、晴香は頭まで布団を被った。

そのとき、タイミングを見計らったようにピピピと響く体温計。
脇から取り出し、老眼の人がそうするように、目を細める。
八雲は晴香の手から体温計を奪い、表示された数字を読み上げた。

「38度2分、だな」

「うぅ…」

「どうせ薄着で寝てたんだろ」

一昨日辺りからぐんと寒くなってきた。
返事はなかったが、こちらに向けられた背中は肯定している。

「とにかく今は栄養を取って、ゆっくり休め」


晴香の頬に、手の甲を当てた。


いつもは撫でるとすべすべ気持ちいい肌が、今日はぺたぺたとくっついてくる。

手の甲を通して、少しでも苦しみが僕に移るように。

そんな有り得ないことを考えてしまう自分に苦笑した。






end.



たぶんつづきますー。
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