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八雲で八晴!前回のつづきです!
八雲/八晴
八雲/八晴
遠くから聞こえた物音に、晴香は重い瞼を開けた。
何の音だろう。
視線だけを動かして、部屋の中を探ったが、音の正体は分からないまま。
ピントが狂った世界に、ますます頭痛が酷くなる。
蛍光灯の光が眩しくて、目の上に手を置いた。
「やくもくん……」
額の上にある、濡れたタオル。
冷却シートの変わりに八雲が乗せてくれたものだ。
夢と現実の見分けがあやふやな中。
濡れタオルだけが、八雲がいたことを証明してくれる。
「八雲君」
特に用事があるわけではなかった。
なんとなく──なんとなく、呼んでみたかっただけ。
しかし、待てども待てども返事はない。
ざわざわと胸が騒ぐ。心臓がきゅっと縮まった。
今度は目だけではなく、頭も動かして八雲を探し求める。
ずんずんと頭の中で太鼓が鳴る。
しかし、八雲の姿はどこにもなかった。
見慣れたワンルームの部屋が、ぐにゃりと歪んだ。
「帰っちゃったんだ…」
残念、という思いもある。しかし、これが当たり前の選択。
家に送ってくれただけでも、ありがたいことなのに。
贅沢になっている自分自身に渇を入れるように、敷き布団を蹴った。
「あぁ…」
そうだ、お礼を言うのを忘れていた。
次に会ったときに言わなくちゃ。
気を紛らわすために、普段より増す独り言。
しかし実際に声が出ることはなくて、弱った魚のように開閉を繰り返していた。
「寂しいしなぁ」
こんなことだけ声になっちゃって。
弱音を吐かないようにしていたのに。
ぎゅっと顔の筋肉に力を入れる。
その瞬間に、涙が頬を滑り落ちていった。
ずずっ鼻をすすり、パジャマの袖で涙を拭く。
「お礼」
お礼を言おう。八雲君に。
強く擦りすぎたせいでちりちりと肌が痛む。
頬を叩いてみたものの、重い頭に響いただけだった。
ベッドから降りようと、起き上がろうとする。
しかし熱におかされた体にそれは苦難である。
シーツに手を付くものの、肘からぽきっと折れてしまう。
何度も失敗を繰り返し、やっとのことでベッドサイドに座ることが出来た。
汗で張り付くパジャマに不快感を感じながらも、携帯電話を探す。
確か鞄の中にあるはず。
ターゲットは携帯電話から鞄に変更。
もしかしたら部室に置きっぱなしにしてきちゃったかも。
しかし、目的のものはすぐに見つかりほっと胸を撫で下ろす。
安心して気が抜けてしまったのであろう。
鞄の元へ向かおうと、腰を上げた瞬間。晴香は膝から崩れ落ちた。
晴香自身も、何があったのか分からない。
目の前には淡い色のカーペットと、折り畳み式テーブルの足がでかでか見えた。
どうやら私の体は想像以上に大変なことになっているようだった。
「どうしよう…」
起き上がろうとするも、腕に力が入らない。
無駄な体力を消費したくない。
晴香は起きあがることをやめた。
それに言葉ではああ言ったが、実際には苦痛ではない。
体中の熱を吸い取ってくれる床の冷たさが心地よく、晴香は床に頬摺りをした。
「おい!」
次に目を開けたとき、目の前には何故か八雲がいた。
蛍光灯の灯りが眩しくて、表情までは分からない。
けれどどうしてか、焦っているような声だった。
「ああ、夢ね…」
「……何を言ってるんだ、君は」
「だって八雲君は帰っちゃったんだもん」
「僕はここにいる」
何を寝ぼけているんだ。
いつもの呆れた声とともに、額がぺちんと弾かれた。
痛い。頭の中がぐらんぐらんと揺れる。
「どうして…」
「食べられそうなものを買ってきた」
「たれられそうなもの?」
呂律が回らずうまく喋れない。
それを見た八雲はくすりと笑った。
「病人に半額の惣菜を食わせるわけにはいかないからな」
冷蔵庫の中を見られた!
と隠れたい思いでいっぱいだったが、布団はベッドの上。
手の届かない場所にあった。
「うぅ……あ、あれは、最近忙しくて…」
「知ってる」
よいしょと八雲は立ち上がる。
次の瞬間、無重力の宇宙に放り出されたように、ふわりと体が浮かんだ。
慌てて掴まったのは、八雲の背中だった。
「!?」
八雲に抱き上げられている。しかも、いわゆるお姫さまだっこで。
それが分かった途端に、ぼんと顔から蒸気が上がる。
実際に顔から蒸気が上がることはないが、その顔は蒸気を噴き出す茹で蛸のよう。
あまりにも突然なことに声が出ず、八雲の背中をぽんぽんと叩く。
「?」
不思議そうな顔で首を傾げる八雲に「ばか!」と叫びたい。
けれど口から出てくるのはこほこほと乾いた咳で。
ベッドの上に降ろしてくれた八雲は、背中を優しくさすってくれた。
「食欲はあるな?」
「……うんっ」
晴香が楽になったのを見計らい、八雲は訪ねる。
「たまごがゆで良いか?」
「つくれるの?」
「…君は僕を何だと思ってる」
「八雲君の食生活を見てたら誰だって──」
こほこほっと咳が出る。
君って奴は…口ではそう言いながらも、八雲はまた背中をさすってくれた。
「いいから、しばらく黙ってろ」
八雲はそう言い、晴香の前髪を掻き上げる。
晴香が不思議そうに見ていると、水色のジェルが近付いてきた。
「ぁっ…」
ぞくっと背中を何かが走り抜ける。
さっきまで熱かった体が、急にやってきた冷たさに驚き縮こまる。
ぴくんと跳ねた晴香に、八雲は心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫か…?」
「これ…」
「…濡れタオルだけだと持たないだろ」
そう言ってみせた八雲の手には、透明なシート。
さっきみた水色のジェルとそれを見て、晴香はあぁあれかと呟いた。
「あれ…でも家にはなかったんじゃ…」
「気にするな」
ぽんと冷却シートの上から手が触れる。
押しつけられて冷たさが増したのに、そこはほんのりと暖かかった。
「大人しくしてろよ」
離れがたかったが、留める理由も見つからず、晴香はただこくりと頷いた。
人肌に近付いたジェルに、八雲がまだそこにいるような感覚に陥る。
しかし遠ざかる足音が嫌でも耳に入り、晴香を現実へと引き戻す。
頭まで布団を被って目を瞑って、晴香は今日の優しい八雲を思い描いた。
それだけで寂しさは紛れたが、心の不安は消えない。
ドーム状に膨れた布団の中から、八雲の姿を探し顔を覗かせる。
見慣れた台所で見慣れた八雲が料理をする姿は、新鮮だった。
「あっ」
「?」
「…ありがとう」
布団に潜っていたからちゃんと伝わったかは分からない。
けれど振り返った八雲の瞳が優しくて、晴香はまあいいかと布団を被った。
end.
八雲はなんだかんだ優しい。晴香ちゃん限定で。
何の音だろう。
視線だけを動かして、部屋の中を探ったが、音の正体は分からないまま。
ピントが狂った世界に、ますます頭痛が酷くなる。
蛍光灯の光が眩しくて、目の上に手を置いた。
「やくもくん……」
額の上にある、濡れたタオル。
冷却シートの変わりに八雲が乗せてくれたものだ。
夢と現実の見分けがあやふやな中。
濡れタオルだけが、八雲がいたことを証明してくれる。
「八雲君」
特に用事があるわけではなかった。
なんとなく──なんとなく、呼んでみたかっただけ。
しかし、待てども待てども返事はない。
ざわざわと胸が騒ぐ。心臓がきゅっと縮まった。
今度は目だけではなく、頭も動かして八雲を探し求める。
ずんずんと頭の中で太鼓が鳴る。
しかし、八雲の姿はどこにもなかった。
見慣れたワンルームの部屋が、ぐにゃりと歪んだ。
「帰っちゃったんだ…」
残念、という思いもある。しかし、これが当たり前の選択。
家に送ってくれただけでも、ありがたいことなのに。
贅沢になっている自分自身に渇を入れるように、敷き布団を蹴った。
「あぁ…」
そうだ、お礼を言うのを忘れていた。
次に会ったときに言わなくちゃ。
気を紛らわすために、普段より増す独り言。
しかし実際に声が出ることはなくて、弱った魚のように開閉を繰り返していた。
「寂しいしなぁ」
こんなことだけ声になっちゃって。
弱音を吐かないようにしていたのに。
ぎゅっと顔の筋肉に力を入れる。
その瞬間に、涙が頬を滑り落ちていった。
ずずっ鼻をすすり、パジャマの袖で涙を拭く。
「お礼」
お礼を言おう。八雲君に。
強く擦りすぎたせいでちりちりと肌が痛む。
頬を叩いてみたものの、重い頭に響いただけだった。
ベッドから降りようと、起き上がろうとする。
しかし熱におかされた体にそれは苦難である。
シーツに手を付くものの、肘からぽきっと折れてしまう。
何度も失敗を繰り返し、やっとのことでベッドサイドに座ることが出来た。
汗で張り付くパジャマに不快感を感じながらも、携帯電話を探す。
確か鞄の中にあるはず。
ターゲットは携帯電話から鞄に変更。
もしかしたら部室に置きっぱなしにしてきちゃったかも。
しかし、目的のものはすぐに見つかりほっと胸を撫で下ろす。
安心して気が抜けてしまったのであろう。
鞄の元へ向かおうと、腰を上げた瞬間。晴香は膝から崩れ落ちた。
晴香自身も、何があったのか分からない。
目の前には淡い色のカーペットと、折り畳み式テーブルの足がでかでか見えた。
どうやら私の体は想像以上に大変なことになっているようだった。
「どうしよう…」
起き上がろうとするも、腕に力が入らない。
無駄な体力を消費したくない。
晴香は起きあがることをやめた。
それに言葉ではああ言ったが、実際には苦痛ではない。
体中の熱を吸い取ってくれる床の冷たさが心地よく、晴香は床に頬摺りをした。
「おい!」
次に目を開けたとき、目の前には何故か八雲がいた。
蛍光灯の灯りが眩しくて、表情までは分からない。
けれどどうしてか、焦っているような声だった。
「ああ、夢ね…」
「……何を言ってるんだ、君は」
「だって八雲君は帰っちゃったんだもん」
「僕はここにいる」
何を寝ぼけているんだ。
いつもの呆れた声とともに、額がぺちんと弾かれた。
痛い。頭の中がぐらんぐらんと揺れる。
「どうして…」
「食べられそうなものを買ってきた」
「たれられそうなもの?」
呂律が回らずうまく喋れない。
それを見た八雲はくすりと笑った。
「病人に半額の惣菜を食わせるわけにはいかないからな」
冷蔵庫の中を見られた!
と隠れたい思いでいっぱいだったが、布団はベッドの上。
手の届かない場所にあった。
「うぅ……あ、あれは、最近忙しくて…」
「知ってる」
よいしょと八雲は立ち上がる。
次の瞬間、無重力の宇宙に放り出されたように、ふわりと体が浮かんだ。
慌てて掴まったのは、八雲の背中だった。
「!?」
八雲に抱き上げられている。しかも、いわゆるお姫さまだっこで。
それが分かった途端に、ぼんと顔から蒸気が上がる。
実際に顔から蒸気が上がることはないが、その顔は蒸気を噴き出す茹で蛸のよう。
あまりにも突然なことに声が出ず、八雲の背中をぽんぽんと叩く。
「?」
不思議そうな顔で首を傾げる八雲に「ばか!」と叫びたい。
けれど口から出てくるのはこほこほと乾いた咳で。
ベッドの上に降ろしてくれた八雲は、背中を優しくさすってくれた。
「食欲はあるな?」
「……うんっ」
晴香が楽になったのを見計らい、八雲は訪ねる。
「たまごがゆで良いか?」
「つくれるの?」
「…君は僕を何だと思ってる」
「八雲君の食生活を見てたら誰だって──」
こほこほっと咳が出る。
君って奴は…口ではそう言いながらも、八雲はまた背中をさすってくれた。
「いいから、しばらく黙ってろ」
八雲はそう言い、晴香の前髪を掻き上げる。
晴香が不思議そうに見ていると、水色のジェルが近付いてきた。
「ぁっ…」
ぞくっと背中を何かが走り抜ける。
さっきまで熱かった体が、急にやってきた冷たさに驚き縮こまる。
ぴくんと跳ねた晴香に、八雲は心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫か…?」
「これ…」
「…濡れタオルだけだと持たないだろ」
そう言ってみせた八雲の手には、透明なシート。
さっきみた水色のジェルとそれを見て、晴香はあぁあれかと呟いた。
「あれ…でも家にはなかったんじゃ…」
「気にするな」
ぽんと冷却シートの上から手が触れる。
押しつけられて冷たさが増したのに、そこはほんのりと暖かかった。
「大人しくしてろよ」
離れがたかったが、留める理由も見つからず、晴香はただこくりと頷いた。
人肌に近付いたジェルに、八雲がまだそこにいるような感覚に陥る。
しかし遠ざかる足音が嫌でも耳に入り、晴香を現実へと引き戻す。
頭まで布団を被って目を瞑って、晴香は今日の優しい八雲を思い描いた。
それだけで寂しさは紛れたが、心の不安は消えない。
ドーム状に膨れた布団の中から、八雲の姿を探し顔を覗かせる。
見慣れた台所で見慣れた八雲が料理をする姿は、新鮮だった。
「あっ」
「?」
「…ありがとう」
布団に潜っていたからちゃんと伝わったかは分からない。
けれど振り返った八雲の瞳が優しくて、晴香はまあいいかと布団を被った。
end.
八雲はなんだかんだ優しい。晴香ちゃん限定で。
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