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八雲で八晴!
前回の続きになりますので、そちらも一緒にどうぞ。
八雲/八晴
前回の続きになりますので、そちらも一緒にどうぞ。
八雲/八晴
遠足、お泊まり会、大好きなあの人へのお弁当作り…
世の中には、準備が楽しいものがある。
しかしいくら楽しい時を過ごしたとしても、本番には敵わない。
学園祭当日。
外から聞こえる喧噪は、聞いているだけで鼓動を高鳴らせる。
このドキドキはあれだ。夏の祭りに似ている。
どんどんと近付いてくる太鼓の音に、どれだけ胸が高鳴ったことか。
あの日、隣には大好きなお姉ちゃんがいた。
しかし、十数年の時が過ぎた今。
私の隣には無愛想でぶっきらぼうな斉藤八雲がいる。
締め切ったカーテンに出来た隙間。
そこから入り込んできた光が、壁一面に敷き詰めたスクリーンに映りこむ。
上映中ならば大変なことだが、今は準備中。
焦ることはない。30分前にそう告げた八雲は、朝からずっと読書に耽っている。
「でも…」
「どうせ誰も来ないんだ」
八雲の言葉に、晴香は返す言葉が見つからない。
それ以来会話は途切れ、いつもと違う部屋の配置をぼんやり眺めた。
いつもは窓の方、八雲を正面から見るように座っている。
だが今日は、窓も八雲も隣にいる。
椅子だって狭い部室に似合わないくらいにたくさんある。
一つ空けて座ったこの席は、距離的に同じでも見える景色はまったく違った。
正面に掛けられたスクリーンには、相変わらず光が一筋射している。
「お客さん、来ないねぇ」
「…君はここにいていいのか?」
独り言のつもりだった。
独り言のつもりだったから、返事が返ってきて驚いた。
「何が?」
「サークル」
「サークル?」
「発表会があるんじゃなかったか?」
「あぁ」
オーケストラサークルの演奏会のことを言っているのか。
「明日の午後からだから、大丈夫だよ」
「そうか…」
そして八雲は何事もなかったようにページを捲った。
「よかったら見に来てね」
「暇で暇で死にそうで、何かの拍子に近くに立ち寄るようなことがあって、尚且つ休みたいと思って休憩所代わりに使うようなことがあったらな」
「はいはい」
簡素な返事。
しかし、内心ではガッツポーズして叫んで喜んでいた。
今にでもぐにゃぐにゃに歪んでしまいそうな口を、入り口でもらった学園祭のパンフレットで隠した。
まあ、これだけ部屋の中が暗ければバレることはないだろうけど。
「うん、何か買ってくる!」
やっぱり堪えられない。
そう思った晴香は、財布を取り出し立ち上がる。
今はちょうどお昼ご飯ラッシュを過ぎた辺り。
出店も空いてくる頃だろう。
…相変わらず、映画研究同好会に客の姿は見えないけれど。
「食べたいものとか、ある?」
「やきそば」
「はーい」
部屋から飛び出した晴香は、しばらく歩いて足を止めた。
「ふふっ」
それから緩みきった顔で、スキップを踏みながらやきそば屋が待つ出店街へ向かった。
空に浮かぶ秋の太陽は、晴香の笑顔をきらきらと輝かせた。
道行く男子どもがそれを見てまた笑顔になったのは、また別の話…
行きは軽やかだった足取りも、帰り道には重い足。
気分が重いのではなく、腕に抱えた戦利品が重いのだ。
八雲に頼まれたやきそば以外に、たくさんのものを買ってしまった。
やきそばしか買うつもりはなかったのに。
いざ出店ゾーンに向かうと、あちらこちらから漂ってくる匂いに負けた。
麺類から甘味、汁ものまで。
王道品から外道品まで買いあさった結果、コンプリートまであと少しである。
「まあ…八雲君もいるし大丈夫だよね」
咥えたチェロスをもぐもぐと、咀嚼してはごくりと飲み込んだ。
映画研究同好会があるB棟裏手の部室棟。
屋台が並ぶメインのゾーンから離れているためか、人通りは少ない。
ちらほら見かけるのは、パンフレットを片手にした迷い人や休憩中の人々。
好き好んでこの場所に来ている人はいないように見えた。
部室に戻った晴香は、ドアの戸に手を掛け動きを止める。
出てくる前に確かに閉めたはずの戸が、微かに開いていたからだ。
八雲が外に出たのか。しかし、中から聞こえる話し声に外れだと察知。
誰か来たのか。
はじめてのお客さんに高鳴る胸を押さえ、戸の隙間から中を覗く。
そこには見知らぬ女性が二人いた。
「ねぇ、一緒にまわりましょうよ」
「こんなところに一人でいたって詰まらないだけでしょう?」
「さびしい貴方に付き合ってあげる」
二人の女性は、晴香が詰めることの出来なかった席の隙間をいとも簡単に埋めている。
比べて間に挟まれた八雲は、出てきたときと変わらずに読書に耽っていた。
「ほら、無視しないで」
「あたしたちが優しくしてあげるから」
「どうせ一人なんでしょう?」
一人の女性が八雲の手を取ろうとしたとき。
ふぅと息を吐いた八雲は物音立てずに立ち上がりそれを避けた。
「暇ならばちょうど良い」
言いながら、指は机の上に置かれたキーボードをかたかたと叩く。
するとコードで繋がった映写機が音を立て、スクリーン上に夜空のような黒を映し出す。
顔を上げた八雲は、隠れているはずの晴香をばっちりと見ていた。
「僕たちが作った映画、見ていきますか?」
「ぱ、パンフレットに書いてある通り、恋愛ものです!」
今だとばかり飛び出した晴香に、二人の女性は目を丸くした。
両手いっぱいに食べ物を抱えた晴香に、八雲は小さく笑った。
「ようこそ。映画研究同好会へ」
その後は言うまでもない。
ナンパ目的だった二人は、あれこれ言い訳を述べながら映画を見ることなく去っていった。
どんな理由であれ客がいなくなったことに晴香は肩を落とした。
隣に座った八雲は、右手で焼きそばを食べながら、左手で器用にパソコンを弄る。
注意しても止めない八雲に呆れ、晴香はりんご飴を舐めた。
正面に広がる夜空みたいな漆黒を見つめる。
そこには相変わらず、窓から入り込んできた光が一筋。
ぼんやり見つめていると、夜空は一瞬にして海に変わった。
それも青い海じゃない。夕日に染まった赤い海。
そこには一組の男女がいた。
「お客さん、帰っちゃったし…見ないでもいいんじゃない?」
「いるじゃないか。僕らが」
「でも…これは恥ずかしい、し」
「あぁ、確かに君の演技は見られたものじゃない。けど、見たい」
「……しらないっ」
八雲に背を向けた晴香はりんご飴を咥えた。
これから映し出されるラブシーン。
出演者は言わずもがな彼と私。
あの日、あのとき、あの場所で。
180度変化した関係。
記憶に新しい、甘酸っぱい青春の1ページがいま再びよみがえる。
end.
映画の内容はみなさんのご想像にお任せします。
世の中には、準備が楽しいものがある。
しかしいくら楽しい時を過ごしたとしても、本番には敵わない。
学園祭当日。
外から聞こえる喧噪は、聞いているだけで鼓動を高鳴らせる。
このドキドキはあれだ。夏の祭りに似ている。
どんどんと近付いてくる太鼓の音に、どれだけ胸が高鳴ったことか。
あの日、隣には大好きなお姉ちゃんがいた。
しかし、十数年の時が過ぎた今。
私の隣には無愛想でぶっきらぼうな斉藤八雲がいる。
締め切ったカーテンに出来た隙間。
そこから入り込んできた光が、壁一面に敷き詰めたスクリーンに映りこむ。
上映中ならば大変なことだが、今は準備中。
焦ることはない。30分前にそう告げた八雲は、朝からずっと読書に耽っている。
「でも…」
「どうせ誰も来ないんだ」
八雲の言葉に、晴香は返す言葉が見つからない。
それ以来会話は途切れ、いつもと違う部屋の配置をぼんやり眺めた。
いつもは窓の方、八雲を正面から見るように座っている。
だが今日は、窓も八雲も隣にいる。
椅子だって狭い部室に似合わないくらいにたくさんある。
一つ空けて座ったこの席は、距離的に同じでも見える景色はまったく違った。
正面に掛けられたスクリーンには、相変わらず光が一筋射している。
「お客さん、来ないねぇ」
「…君はここにいていいのか?」
独り言のつもりだった。
独り言のつもりだったから、返事が返ってきて驚いた。
「何が?」
「サークル」
「サークル?」
「発表会があるんじゃなかったか?」
「あぁ」
オーケストラサークルの演奏会のことを言っているのか。
「明日の午後からだから、大丈夫だよ」
「そうか…」
そして八雲は何事もなかったようにページを捲った。
「よかったら見に来てね」
「暇で暇で死にそうで、何かの拍子に近くに立ち寄るようなことがあって、尚且つ休みたいと思って休憩所代わりに使うようなことがあったらな」
「はいはい」
簡素な返事。
しかし、内心ではガッツポーズして叫んで喜んでいた。
今にでもぐにゃぐにゃに歪んでしまいそうな口を、入り口でもらった学園祭のパンフレットで隠した。
まあ、これだけ部屋の中が暗ければバレることはないだろうけど。
「うん、何か買ってくる!」
やっぱり堪えられない。
そう思った晴香は、財布を取り出し立ち上がる。
今はちょうどお昼ご飯ラッシュを過ぎた辺り。
出店も空いてくる頃だろう。
…相変わらず、映画研究同好会に客の姿は見えないけれど。
「食べたいものとか、ある?」
「やきそば」
「はーい」
部屋から飛び出した晴香は、しばらく歩いて足を止めた。
「ふふっ」
それから緩みきった顔で、スキップを踏みながらやきそば屋が待つ出店街へ向かった。
空に浮かぶ秋の太陽は、晴香の笑顔をきらきらと輝かせた。
道行く男子どもがそれを見てまた笑顔になったのは、また別の話…
行きは軽やかだった足取りも、帰り道には重い足。
気分が重いのではなく、腕に抱えた戦利品が重いのだ。
八雲に頼まれたやきそば以外に、たくさんのものを買ってしまった。
やきそばしか買うつもりはなかったのに。
いざ出店ゾーンに向かうと、あちらこちらから漂ってくる匂いに負けた。
麺類から甘味、汁ものまで。
王道品から外道品まで買いあさった結果、コンプリートまであと少しである。
「まあ…八雲君もいるし大丈夫だよね」
咥えたチェロスをもぐもぐと、咀嚼してはごくりと飲み込んだ。
映画研究同好会があるB棟裏手の部室棟。
屋台が並ぶメインのゾーンから離れているためか、人通りは少ない。
ちらほら見かけるのは、パンフレットを片手にした迷い人や休憩中の人々。
好き好んでこの場所に来ている人はいないように見えた。
部室に戻った晴香は、ドアの戸に手を掛け動きを止める。
出てくる前に確かに閉めたはずの戸が、微かに開いていたからだ。
八雲が外に出たのか。しかし、中から聞こえる話し声に外れだと察知。
誰か来たのか。
はじめてのお客さんに高鳴る胸を押さえ、戸の隙間から中を覗く。
そこには見知らぬ女性が二人いた。
「ねぇ、一緒にまわりましょうよ」
「こんなところに一人でいたって詰まらないだけでしょう?」
「さびしい貴方に付き合ってあげる」
二人の女性は、晴香が詰めることの出来なかった席の隙間をいとも簡単に埋めている。
比べて間に挟まれた八雲は、出てきたときと変わらずに読書に耽っていた。
「ほら、無視しないで」
「あたしたちが優しくしてあげるから」
「どうせ一人なんでしょう?」
一人の女性が八雲の手を取ろうとしたとき。
ふぅと息を吐いた八雲は物音立てずに立ち上がりそれを避けた。
「暇ならばちょうど良い」
言いながら、指は机の上に置かれたキーボードをかたかたと叩く。
するとコードで繋がった映写機が音を立て、スクリーン上に夜空のような黒を映し出す。
顔を上げた八雲は、隠れているはずの晴香をばっちりと見ていた。
「僕たちが作った映画、見ていきますか?」
「ぱ、パンフレットに書いてある通り、恋愛ものです!」
今だとばかり飛び出した晴香に、二人の女性は目を丸くした。
両手いっぱいに食べ物を抱えた晴香に、八雲は小さく笑った。
「ようこそ。映画研究同好会へ」
その後は言うまでもない。
ナンパ目的だった二人は、あれこれ言い訳を述べながら映画を見ることなく去っていった。
どんな理由であれ客がいなくなったことに晴香は肩を落とした。
隣に座った八雲は、右手で焼きそばを食べながら、左手で器用にパソコンを弄る。
注意しても止めない八雲に呆れ、晴香はりんご飴を舐めた。
正面に広がる夜空みたいな漆黒を見つめる。
そこには相変わらず、窓から入り込んできた光が一筋。
ぼんやり見つめていると、夜空は一瞬にして海に変わった。
それも青い海じゃない。夕日に染まった赤い海。
そこには一組の男女がいた。
「お客さん、帰っちゃったし…見ないでもいいんじゃない?」
「いるじゃないか。僕らが」
「でも…これは恥ずかしい、し」
「あぁ、確かに君の演技は見られたものじゃない。けど、見たい」
「……しらないっ」
八雲に背を向けた晴香はりんご飴を咥えた。
これから映し出されるラブシーン。
出演者は言わずもがな彼と私。
あの日、あのとき、あの場所で。
180度変化した関係。
記憶に新しい、甘酸っぱい青春の1ページがいま再びよみがえる。
end.
映画の内容はみなさんのご想像にお任せします。
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