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八雲で八晴!

2012年第一作目でございます。
大晦日のお話の続きですので、そちらをお先に読んだ方が
楽しめるかと思います。


八雲(恋人設定)

隙間なく布団が敷き詰められた部屋で八雲は目を覚ました。


瞼が重く開かずとも今が夜中であることは分かった。
吸い込んだ冷気が鼻の奥を刺激したからだ。
朝日が昇ればいくら冬でももう少し暖かいはず。

暖房のない生活を送ってきたからか、視覚がなくてもそれ以外の五感で時間がわかるようになった。
しかし晴香が持ち込んだ暖房により、その才能を発揮する機会はなくなってしまった。


(暖房を付けにいこうか…)


しかし首から下を包む暖から離れたくない。

今は自らを包む薄っぺらな寝袋で我慢しよう。
そう決めた八雲が触れた布地は、愛用している寝袋とは天地の差があり、思わず目を見開いた。

「………」

メレンゲのように柔らかく握ると簡単に萎む。
手を離せば少しずつ膨らんでいくそれは、プレハブ生活とは無縁の羽布団であった。

見慣れぬ天井にここはどこだと眉を寄せ、それから晴香の実家に来ていることを思い出す。
ここは長野県の山奥。通りで寒いわけだ。


重い体を捩らせて寝返りを打つとそこには晴香がいた。

大きく膨れた羽布団が寝息にあわせて上下に揺れる。
八雲の方を向き丸くなる背中があまりにも寒そうで、肩まで布団を掛けてやった。


手を離した八雲はさりげなく頬に触れる。

柔らかい頬はひやりと冷たい。
感触は柔らかくも弾力があって大福もちのようだ。

手の甲で味わうように幾度も撫でていると晴香が身を捩らせた。
慌てて離れたが目を覚ます様子はない。

ほっと胸を撫で下ろした八雲は二度寝をする気分にもなれず起き上がる。
寝間着であるジャージの襟口から冷気が入り込み肩を震わせた。

そこで四組並んだ布団が一つだけ空になっていることに気付く。
眠気でうまく回らない思考を回転させ、昨晩のやりとりを思い出す。
あの場所にいたのは晴香の父親である一裕だった。


「…トイレ」

だからと言ってなにをするわけではない。
立ち上がった八雲は覚束ない足取りでトイレに向かう。
廊下の冷たさに思わず身を縮ませた。






用を足した八雲はぼんやりと窓の外を眺めていた。

ちゃんとした時刻は分からないが、東の空がやんわりと赤く染まっている。
連なる山の向こうでは既に日が昇っているのであろう。
空全体が明るく、星が一つだけ寂しく輝いていた。

視界の隅に動くものを見つけた八雲は、身を乗り出すようにそちらへと目を向ける。


「!」






男は荷物を運んでいた。

この時間が寒いことは承知しているつもりだったが詰めが甘かった。
ボロボロの指先は震え既に感覚がない。
そのくせ腕にのし掛かる荷物は、倍の重みを感じる。
あまりの重さに屈もうとすると一昨日傷めた腰に痛みが走った。

「あっ」

しまったと思ったときにはもう遅い。
腕から離れた荷物はそのまま落下する。

しかしそれが地面に落ちることもなければ、中身が散らばることもなかった。



「あけましておめでとうございます」

ダンボールを抱えた八雲は、新年であることを思い出し口にした。
一裕は驚いたように目を見開いたが、直ぐに目尻を吊り上げる。

「………あけましておめでとう」

妻である恵子のようにお喋り上手ではない一裕は、絞り出すように返す。
それから荷物を返せと言わんばかりに手を出す。

助けてもらったのにも関わらず礼が言えない自身には心底呆れた。

「これは厨房に運べば良いんですか?」

八雲はそう言うと膝を使ってダンボールを抱え直す。
一裕はまた目を見開いた。だがすぐに八雲を睨む。

「何を考えている」

「何も考えてません」

八雲は一裕をまっすぐに見た。

「ただ、ますます腰を悪くしたらあいつが心配します」


あいつはトラブルメーカーですから、面倒なことになりますよ。


八雲の言葉に一裕の脳裏には、この家で暮らしていた頃の晴香の姿が鮮明に映し出された。

何事にも一生懸命なのに、いつも最後は失敗してしまう。

そんな晴香を何度となく見てきた。


「君が晴香を守っているのか」

「トラブルに巻き込まれるのは御免ですから」

八雲はそう言い残すと厨房がある裏口へと向かった。
寝癖だらけのだらしない男に一裕は小さく礼を言った。






ダンボールが積まれた荷台と厨房を何度も行き来し、残り一箱に迫った。
重い荷物を持ち何往復もしたせいか、不思議と寒さを感じない。
先ほどから一裕は気まずそうに腰を掛けている。

「今日も仕事ですか?」

八雲が尋ねると一裕は慌てて目を伏せる。
その姿に隠し事をしているときの彼女が重なって思わず苦笑した。

「…今日は、休み、だ」

娘の連れてきた男とどのように話して良いか分からないのか、一裕は途切れ途切れに言う。

「じゃあどうして」

言いかけて留まる。
もしかしたら僕が知らないだけで、蕎麦作りには前日から大切な準備があるのかもしれない。

なるほどと一人納得した八雲をよそに、一裕はぼそっと呟いた。


「おいしそうに食ってたから…また作ってやろうと」


ちゅんちゅんとうるさいほど山の鳥が囀る静かな中。
どこからともなく近付いてくる足音が二人の耳に届いた。

「ちょっと!」

玄関の戸が壊れるんじゃないかと八雲は思った。
勢いよく開け放たれた戸の向こうには、肩を上下に揺らす晴香がいた。

八雲は見慣れていたが、一裕は滅多に見ない娘の乱心ぶりに驚き思わず立ち上がる。

「朝からうるさい。いくら回りに家がないからって大声を出すな」

靴も履かずに裸足で飛び出した晴香はそのまま二人の元へ駆け寄る。

「喧嘩してるんじゃないよね?」

八雲と一裕の顔を交互に見返す。
呆れた八雲は溜め息を吐き、一裕はぶんぶんと首を振る。

「お父さんは、八雲君にいじわるしてない?八雲君は酷いこと言ってない?」

「僕がいつ誰に酷いことを言った。あたかもいつも僕が酷いことをしているように言うな」

「いつもしてくるじゃない!」

「失礼なことを言うんじゃない。全ての原因は君にあることだ」

「だからって酷いことをして良いって言うのはおかしいよ!」

「…だから、いつ僕が酷いことをした?」


数分前までは遠くで走る車のエンジン音が聞こえるほど静かだったのに。
晴香が来た途端、うるさい小鳥は黙り込んでしまった。

「………」

一裕は娘が面と向かって叱る姿を初めて見た。

いつも良い子でいようとしていた娘が、本人の前で悪口を言うだなんて。


目の前で繰り広げられる言い合いはまだ続くらしい。

若い男女の子供じみた喧嘩に、一裕は笑った。


そんな彼らを朝日が暖かく照らした。






end.



晴香パパの喋り方や性格がいまいち掴めていない…
みなさまのイメージと違ってしまったらすいません(´;ω;`)

なんだかんだ晴香パパと八雲は似てるのではないかなというお話。
素直になれないところとか!人付き合いが苦手なところとか!
奥さんに尻に敷かれてるとことか…!

一裕さんと恵子さんの馴れ初めがみたい…!
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