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八雲で八晴!

数日遅刻してしまいましたがバレンタインデーのお話です。

八雲/八晴(友人設定)

晴香は電話機の前で正座をしていた。

とくとくと速まる鼓動を押さえつつ。
耳に当てた受話器からは無機質なコール音が延々と続く。

いつもはコードに絡まり遊ぶ指も、今日のところは大人しく膝の上で柔い布地を握っている。


程なくして、スピーカーから「どうした」という気怠い声が聴こえた。



「や、やあ!」


『何かトラブルでもあったのか』


「開口一番に人をトラブルメーカーみたいに言わないで」



スピーカーの向こうで、くくと声を押し殺して笑うのが分かった。



用件を聴かれたが、この話は単刀直入に言うのも気が引ける。

晴香は予め紙に書いておいた日常話を持ち出すことにした。




他愛もない会話が続き、緊張も解けてきた頃。

晴香は唐突に切り出した。



「14日って空いてる?」


少し間が空く。

一瞬のことだったが、晴香にとってはとても長い時間だった。

コードに絡まる指が、拘束されたようにぴたりと止まる。



「ああ、その日なら用事もない」


思わず飛び跳ねてしまいそうになる。

声を上げそうになるも堪え、晴香は拳を握りガッツポーズをした。


それから14日に会うことを約束し、手早に受話器を置いた。



「ふふっ」


緩みきった顔で手帳を開き、14日をピンクのペンで囲う。



———2月14日はバレンタインデー。






その日、晴香は太陽が昇るよりも先に起き、台所を右往左往していた。

狭いワンルームの台所をめまぐるしく移動する。

甘いカカオの匂いが部屋を充満する中。
晴香は雰囲気に酔いしれ、朝からずっと頬を染めていた。


ああなんて幸せなのだろう。


包装をしながら晴香は「ほう」と息を吐く。



世間知らずで恋の「こ」の字も知らない八雲のこと。
きっと今日がバレンタインデーであることも知らないだろう。
知っていたとしても、「興味がない」の一点張り。

…まあそれは良い。

今日は会う約束もした。
すれ違うこともなく、ちゃんと渡すことが出来る。

八雲には普段からお世話になっているし、良い機会だ。
御礼の気持ちも込めて、しっかり渡そう。


渡すときに言う台詞を練りながら、晴香は何度もリボンを結び直した。






そんな晴香のもとに八雲から連絡が来たのは夕方のことだった。
既に映画研究同好会の部室に足を運んでいた晴香は、通話ボタンを押した。


本人が傍にいるのに電話を掛ける馬鹿などいない。
いるとすれば電話をオモチャに遊ぶ子供か、電話を使って戯れる男女くらいであろう。


要するに八雲はいなかった。映画研究同好会の部室に。



「はい」

『すまない』


電話に出た途端。スピーカー越しに謝罪の言葉が耳に届いた。

八雲が謝るだなんて珍しい。
優越感に浸る晴香に、八雲は喋り続けた。


『僕の部屋にいるのか』

「うん。二時間待ってる」

『…すまない』

あの八雲に何度も謝られては気が狂う。

いつもならば遅刻したことに対して怒りを露わにしていたであろう。
残念なことに時間指定はしてなかったから、晴香に怒る権利はなかった。


「どうしたの。何かあった?」

なかなか口を開かない八雲に晴香は理由を問いた。
しばらくお茶を濁すように「ああ」やら「ううん」やら。

晴香は八雲が話し出すのを待った。
八雲は晴香が引きそうにないのを察し、溜め息を吐いた。


『嘘を吐いても仕方ないから正直に言う。約束を守れない』


八雲はまた「すまない」と謝る。


『後藤さんに、事件に巻き込まれた』

「えっ!大丈夫なの?」

思わず晴香は携帯に耳を押し当てる。
スピーカーの向こうで、微かに息が漏れる音。


『ああ、安心しろ。僕は無事だ』

「そう…よかった」



残念だけれど、仕方がない。


私も後藤さんと同じで、トラブルを持ち込んでいるのだ。

誰も責められない。



『帰りが遅くなるから、今日中には帰れないかもしれない』

「そっか」

『明日には帰れるから…今日は大人しく、寄り道しないで帰れよ』

「もうっ!子供扱いしないで」

吠える晴香に八雲は声を出して笑った。
「気をつけてね」と念を押し電話を切る。
晴香は息を吐いて背もたれに寄りかかった。



八雲には早く帰れと言われた。
けれど、端から言うことを聞く気なんてなかった。

晴香はチョコの入った紙袋を机の上に置く。
八雲に教えてもらおうと持ってきたレポートを取り出した。



「よし。待とう」


囁いた晴香はレポートにペンを走らせた。






校舎の向こうに見覚えある人影を見かけ、とっさに晴香は立ち上がった。

「八雲君!」

遠い八雲に見えるよう、右手を上げ大きく手を振った。
部室棟の前に立つ晴香を蛍光灯の灯りが照らす。
晴香の姿を見た八雲は目を見開き足を止めた。
それから大股で晴香のもとに駆け寄る。

「どうしてここにいる」

八雲の眉間に皺が寄る。


分からないからレポートを持ってきたのだ。
勉強が進むわけがない。

レポートを早々に切り上げた晴香は、外で八雲を待つことにしたのだった。


「こんな時間に、こんなところで…わかってるのか?」

「そ、それは…」

後ろ手に隠した紙袋を握る。
やはり八雲は気付いていない。

頭の中で何度も練習したのに、言葉が出てこなかった。



「おっ、お菓子を作ったの!」

紙袋を突きつける。


「早く渡さないとだめでしょ」



(バレンタインは今日だけだもん)



「手作りだし早く食べないと腐っちゃうし」


ごにょごにょと言葉を濁す晴香に、八雲はため息で返した。
髪を掻く手が紙袋を受け取った。

「有り難くもらっておくよ」

晴香は隠れて胸を撫で下ろす。

「…外は寒い。上がっていくか?」

「うん!」


冷えた体を温めたいと思った。

少しお腹も空いていた。


ドアが閉まる瞬間、どうして微笑を浮かべていたのか。

晴香には分からなかった。



「それで。これは義理か?本命か?」

「えっ!?」

八雲の質問に晴香の動きが固まる。
ドアを背にして立つ八雲は、肉食獣のそれのように目をぎらぎら輝かせる。

「こんな夜遅くに、男の部屋に平気でいて」

いやな予感に晴香は逃げようとしたが、唯一の出入り口には八雲の姿。

逃げ場なんて、ない。




「答えてくれるまで、返すつもりはない」


鍵が掛けられる音が、晴香の耳にも届いた。







end.



その後、晴香がどうなったか知るものはいない…






「ぎゃはっ!ちょ、ギブギぶはぁっ!!」

「いつもつつかれてるお返しだ」

「だっだからってぇ!近いし!擽るのはっ…!」

「…本命、なんだってな?」

「っ!」

「君としては僕に近付けて嬉しいんじゃないのか?」

「嬉しいけど擽るのはなし!」



end!!
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