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八雲で八晴!

エイプリルフールですね。
本館の方をすこしいじってみました。
楽しんで頂けると嬉しいです!


今日がエイプリルフールだと言うことを、八雲は知っていた。



別に、前日から指折り楽しみにしていたわけではない。


朝のニュース番組で。お昼のワイドショーで。

何度も耳にしていたら、嫌だって今日がエイプリルフールだと言うことは簡単に知れた。



あいつが帰ってきたら、嘘の一つでも吐いてやろうか──



八雲は二人掛けのソファーに横になり、読書に更けていた。

手にした本は詩集。八雲には珍しい選択だ。
元はと言えばこの詩集は、同じ屋根の下に暮らす晴香のもの。


「たまにはこういうのも読んでみたら」と渡されたのが、この詩集だった。

一編一編は短いのに、詩は海の底のように深かく感じた。



「遅いな…」


呟いた八雲は壁に掛けられた時計を見上げる。時刻は昼過ぎ。

晴香が家を出たのは、確か十二時前。
八雲のために昼食を用意した晴香は、どこかへ出掛けて行ってしまった。


ベッドの中で微睡んでいた八雲は、晴香が何を喋っているのか聞いていなかった。
最初は体を揺すってたが、諦めたように溜め息を吐いたのを辛うじて覚えている。



(早く帰ってこい)



そう思っている自分に八雲は今日一番驚いた。







それから数十分後のこと。

玄関の方でなにやら物音が聞こえるのに気が付く。
振り返ると丁度ドアが開くところだった。


「ただいまー」


開け放たれたドアの先には春の清々しい青い空。

それを背景に立つ晴香は靴を脱いでいるところだった。


ソファーに横になる八雲を見て、起きてたんだと言わんばかりに目を丸くした。
けれどもすぐに細くなり、微笑を浮かべた。

「おはよう」

今日はまだ言ってなかったね。
昼間だと言うのに、晴香は朝の挨拶を口にした。

そう広くはない部屋。

晴香はあっという間に八雲のもとへ辿り着く。

「買い物か?」

「うん、ちょっとね」

両手に買い物袋を掲げ「今夜はご馳走だよ」と言った。


いくらエイプリルフールでもご馳走というのは事実のようだった。
両手に掲げたエコバックは、今にもはちきれんばかりに膨れ上がっている。

もしかしたら彼女は今日がエイプリルフールだと言うことも知らないのかも知れない。



それなら好都合だ──



ニヤリと笑い、読んでもいないのに詩集の頁を捲った。


「君に話がある」

「なに?」

冷蔵庫に食料品を詰め終えた晴香が傍に寄ってくる。
体を起こし、席を空けてやると素直に隣に腰を下ろした。


「大切な話なんだ」


沈んだ声音に尋常ではない何かを感じた晴香の体が硬直する。

これは行儀が良いのか悪いのか分からない。
晴香はソファーに正座をし、八雲と向かい合っていた。

溜まった唾を飲み込むと、口の中がやけに乾いた。



「…別れよう」


八雲の口から絞るように出てきた言葉は、晴香に衝撃を与えた。

俯く八雲は本を読んでいるのか、それとも顔を上げられないのか。
晴香には分からなかった。それどころではなかった。


「嘘…だよ、ね?」

震える手でシャツの袖を掴む。
八雲はうんともすんとも言わない。返事を返してはくれない。

震えは手だけでは収まらず、喉元にまでやってきた。声が出ない。

ときどき「あ」や「え」や、言葉にならない声が口から漏れる。



まるで、震えが伝染したように八雲の肩が揺れた。

初めは視界が震えているのかと思った。

しかし八雲の口から「ぶっ」と何かが噴き出した途端。
ビクリと跳ね、それ以降晴香の震えは止まった。

腹を抱えて、堪えるように笑う八雲に晴香は戸惑いを隠せない。

「え、えっ…?」

〈今日はエイプリルフールですよ!〉

そのとき、タイミングわ見計らったかのようにテレビが話しかけてきた。

もちろん晴香に話しかけてきたのではない。
テレビ画面に街頭インタビューの映像が流れる。

カチカチと音を立て、頭の中でパズルが組み立てられていく。

すべてが一致したとき、八雲の顔面目掛けてクッションを投げていた。


「バカ!バカ!八雲君のバカ!」

「今日はエイプリルフールだ。騙される方が悪い」

「本当に心配したんだからっ!」

「わかったからクッションを下ろせ」

「八雲君なんて知らない!」

晴香からの攻撃を両腕で防御しつつも、その顔には笑みが浮かんでいる。
そんな八雲に、晴香はクッションを叩き付けていた。


「八雲君の…バカッ!」

捨て台詞を吐いた晴香は立ち上がり、スタスタと去る。

押しつけられたクッションを手に、八雲はその姿を目で追いかける。
しかし台所に入ったところで見えなくなってしまった。

少しふざけすぎてしまったか…
ガリガリと髪を掻き、詩集を手にすると背もたれに寄りかかった。



謝るのは性に合わない。

あとでわがままに付き合ってやるか。



そう決めたとき。
ドンと背中に衝撃がやってきた。

振り返るとソファーの背もたれを挟んで、晴香が抱きついていた。
首に回された腕が少しきつかったが我慢だ。


「八雲君に大切な話があるの」


感じるのはデジャヴ。

数分前の映像が重なる。


「どうした?」

まさか同じ手で返してくるとは。
晴香に見えないのを良いことに、苦笑を浮かべながら訪ねる。

首に晴香の髪が触れてくすぐったい。身を捩る。



「八雲君はお父さんになります」


晴香の口が肩に押しつけられ、随分と籠もった声だ。

しかし、八雲の耳にはちゃんと届いた。


「は…」


振り返ろうとしたが叶わなかった。
晴香が腕でブロックしているからだ。

頭の中でキーンと音がする。

反して耳は何も音を拾わなかった。


「それは、本当か…?」


やっとのことで絞り出した声。
微かに震えているような気がして、奥歯を噛み締める。


「今日はエイプリルフールだけど、どっちだと思う?」


晴香の笑い声が聞こえる。

確かめるのが恐くて。確かめるのが嬉しくて。


何も口に出来ない八雲に、晴香は棒状のものを渡した。


それが何かは、八雲も知っていた。



「エイプリルフールだけど、本当だよ」



首に回された腕を振り払って、八雲は背もたれごと晴香を抱きしめた。







end.



エイプリルフールだからって嘘をつかなくても良いのだ。
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