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八雲で前回、前々回に続き台風話。
これにて完結です。
八雲/八晴
これにて完結です。
八雲/八晴
「ごちそうさま」
「お粗末さまです」
晴香は立ち上がり、食器の片付けを始めた。
八雲も手伝おうとしたが、なかなか言い出せず。
手持ち無沙汰な様子で右往左往し、結局腰を下ろしてしまった。
夕方のニュース番組はどのチャンネルも、暴風雨について伝えている。
こんな日はレインコートも役立たない。
レポーターは全身をびしょ濡れにして、仕事を果たしていた。
その後ろをどこからか飛んできたダンボールが転がっていく。
『関東地方は、夜に掛けて雨風ともに強くなっていくでしょう』
それから外出は避けるようにと伝え、画面はスタジオに戻る。
大変だな、とどこか他人ごとのように眺めていた。
しかしこれから帰ることを考え、八雲は肩を落とす。
酷くなる前に帰宅するべきか、ピークを越してから帰宅するべきか。
微妙だが、重大な選択だ。
「はぁ…」
「どうしたの?」
洗い物を終えた晴香が正面に腰を下ろす。
「………」
どうしてこう、パジャマ姿というものは普段着とは違うのか。
上下が同じ色合いだからか。
それともゆったりとした生地のせいか。
重ね着もしないで、一枚しか服を着ていないからか。
「いや、なんでもない」
頭を振り、晴香から目を逸らす。
それでも瞼の裏には、パジャマ姿の晴香が居座っていた。
晴香はまだ乾いていない洗濯物をハンガーに掛け、部屋に干していく。
その中には、八雲が先ほどまで着ていたシャツやジーンズもある。
八雲は手伝おうと洗濯物の山に手を伸ばした。
「雨、強くなる一方だね」
「そうだな」
「こうしていると、夫婦みたい」
八雲の手が止まる。
付き合っているわけでもない男女に“夫婦”という言葉は実にこそばゆい。
心臓の辺りを手のひらで撫でられたよう気持ちになった。
「君は何を言っている」
浮かれる自らに渇を入れるように、八雲は溜め息を吐き顔を上げる。
そこには頬を染めた晴香がいた。
「な───」
なぜ、君まで赤くなっているんだ。
そう言い掛けた時。
頭上でネズミが低く鳴くような、じじっと言う音がした。
デジャヴ。
どこかで見たことのある光景だ。
ああそうか。隠れ家での光景か。
途端に、目の前の晴香がいなくなった。
正確には闇に消えてしまった。
光を求め、八雲はとっさに窓の方へ目を向ける。
「きゃあっ!」
しかし近くで悲鳴が上がり、すぐさま振り返った。
次の瞬間、胸元に殴られたような衝撃が走った。
「うっ…」
呼吸が止まる。
───停電だ。
二度目となれば、衝突猛進の晴香も少しは大人しくなるだろうと甘く見たのが間違いだった。
晴香は目の前にいる八雲の胸元目掛けて衝突してきた。
きゃあきゃあと悲鳴を上げるだけだった先程に比べて、今回はたちが悪い。
「君は、イノシシか」
噎せながら、やっとのことで喋る。
肺一杯に新鮮な空気が送り込まれる。
石鹸の匂いが鼻腔をくすぐった。
「う、うん…ごめん…」
申し訳なさそうに頭を下げるのが暗闇でも分かる。
素直に謝られては責めるものも責められない。
何か他のことを考えようと、八雲は濡れた髪を掻き揚げた。
「…ブレーカーを見てくる」
「待って!」
立ち上がろうとしていた八雲のジャージを晴香が引っ張る。
突然のことに、バランスを崩した八雲は尻餅を付いた。
ジャージを掴んでいた晴香も、つられるようにして倒れてしまった。
「っ……」
床に肘を着いたおかげで頭をぶつけることは免れた。
しかし上半身にかかる重さに、今にも腕が折れそうだ。
「ま、待って…ちょっとだけで良いから…待って」
ジャージを引っ張られる。
はっと息を飲み、胸元を見下ろすと暗闇の中でも分かる。
頭部の丸い輪郭があった。
晴香がジャージにしがみついていた。
微かにだが、体が震えていることに気が着いた。
「目が慣れるまでで良いから…八雲君のことが見えるまで」
胸の上の重さに、呼吸が辛い。
触れるすべてのものが、自分にはない柔らかさを持っている。
息を吸い込む度に襲ってくる匂いに、思わず酔ってしまいそうだ。
背中に回そうとする手を、必死で食い止めた。
(ああ、くそっ)
奥歯を噛み締めた八雲は、静かにその時間が過ぎるのをただひたすら待っていた。
「ブレーカーを見てくる」
ある程度、暗闇に慣れてきた。
物の輪郭だけでなく、凹凸や色合いも分かる。
それでもほとんどが濁ったような色なのだが。
「あ!ちょっと待って!」
立ち上がる八雲のジャージが引っ張られる。
しかし今度は控えめにジャージの裾をちょんと摘む程度だった。
「今度は何だ」
「もう少しだけ、待ってくれない?」
「どうして」
「どうしてって…」
晴香は言葉を濁す。
真上から降り注ぐ八雲の視線から逃れるように、そっぽを向く。
ぐにぐにと波を打つ唇の動きまでも見えるほどに、八雲の視界は開けていた。
「…いったい、何だって──」
言うんだ。
続くはずだった言葉が、途切れてしまった。
まじまじと晴香の顔を見つめる。
八雲ほど暗闇に目が慣れていない晴香は、見られていることに気付かない。
外の様子を窺うように、窓のほうへ目を向けている。
降りしきる雨粒に街灯の灯りが反射する様は、昼間の川辺のようだった。
それでも八雲の目が晴香から離れることはない。
「ふっ」
「どうしたの?」
晴香が顔を上げる。
暗闇に甘んじる晴香の頬は、未だ赤らんでいる。
「もう少し待ってやっても良い」
「本当!」
「ああ、暗闇に目が慣れるまで時間が掛かりそうだしな」
「そうだよね。さっきから私も、八雲君の顔すら見えなくて」
「僕も一緒だ」
言いながら、八雲は口の端を吊り上げて晴香の様子を眺めていた。
我ながら悪趣味だとは思ったが、すぐ傍で一喜一憂する晴香を見ているのは楽しかった。
“見えない”と言うことが、彼女の表情をさらけ出しているようだった。
さて、いつまで見えないフリをしようか。
八雲は考えながら、晴香の腰に手を回した。
end.
長いわりにオチが…
この後はお泊まりコースなんでしょうかね?
ズバリどうなんですか八雲さん。
「お粗末さまです」
晴香は立ち上がり、食器の片付けを始めた。
八雲も手伝おうとしたが、なかなか言い出せず。
手持ち無沙汰な様子で右往左往し、結局腰を下ろしてしまった。
夕方のニュース番組はどのチャンネルも、暴風雨について伝えている。
こんな日はレインコートも役立たない。
レポーターは全身をびしょ濡れにして、仕事を果たしていた。
その後ろをどこからか飛んできたダンボールが転がっていく。
『関東地方は、夜に掛けて雨風ともに強くなっていくでしょう』
それから外出は避けるようにと伝え、画面はスタジオに戻る。
大変だな、とどこか他人ごとのように眺めていた。
しかしこれから帰ることを考え、八雲は肩を落とす。
酷くなる前に帰宅するべきか、ピークを越してから帰宅するべきか。
微妙だが、重大な選択だ。
「はぁ…」
「どうしたの?」
洗い物を終えた晴香が正面に腰を下ろす。
「………」
どうしてこう、パジャマ姿というものは普段着とは違うのか。
上下が同じ色合いだからか。
それともゆったりとした生地のせいか。
重ね着もしないで、一枚しか服を着ていないからか。
「いや、なんでもない」
頭を振り、晴香から目を逸らす。
それでも瞼の裏には、パジャマ姿の晴香が居座っていた。
晴香はまだ乾いていない洗濯物をハンガーに掛け、部屋に干していく。
その中には、八雲が先ほどまで着ていたシャツやジーンズもある。
八雲は手伝おうと洗濯物の山に手を伸ばした。
「雨、強くなる一方だね」
「そうだな」
「こうしていると、夫婦みたい」
八雲の手が止まる。
付き合っているわけでもない男女に“夫婦”という言葉は実にこそばゆい。
心臓の辺りを手のひらで撫でられたよう気持ちになった。
「君は何を言っている」
浮かれる自らに渇を入れるように、八雲は溜め息を吐き顔を上げる。
そこには頬を染めた晴香がいた。
「な───」
なぜ、君まで赤くなっているんだ。
そう言い掛けた時。
頭上でネズミが低く鳴くような、じじっと言う音がした。
デジャヴ。
どこかで見たことのある光景だ。
ああそうか。隠れ家での光景か。
途端に、目の前の晴香がいなくなった。
正確には闇に消えてしまった。
光を求め、八雲はとっさに窓の方へ目を向ける。
「きゃあっ!」
しかし近くで悲鳴が上がり、すぐさま振り返った。
次の瞬間、胸元に殴られたような衝撃が走った。
「うっ…」
呼吸が止まる。
───停電だ。
二度目となれば、衝突猛進の晴香も少しは大人しくなるだろうと甘く見たのが間違いだった。
晴香は目の前にいる八雲の胸元目掛けて衝突してきた。
きゃあきゃあと悲鳴を上げるだけだった先程に比べて、今回はたちが悪い。
「君は、イノシシか」
噎せながら、やっとのことで喋る。
肺一杯に新鮮な空気が送り込まれる。
石鹸の匂いが鼻腔をくすぐった。
「う、うん…ごめん…」
申し訳なさそうに頭を下げるのが暗闇でも分かる。
素直に謝られては責めるものも責められない。
何か他のことを考えようと、八雲は濡れた髪を掻き揚げた。
「…ブレーカーを見てくる」
「待って!」
立ち上がろうとしていた八雲のジャージを晴香が引っ張る。
突然のことに、バランスを崩した八雲は尻餅を付いた。
ジャージを掴んでいた晴香も、つられるようにして倒れてしまった。
「っ……」
床に肘を着いたおかげで頭をぶつけることは免れた。
しかし上半身にかかる重さに、今にも腕が折れそうだ。
「ま、待って…ちょっとだけで良いから…待って」
ジャージを引っ張られる。
はっと息を飲み、胸元を見下ろすと暗闇の中でも分かる。
頭部の丸い輪郭があった。
晴香がジャージにしがみついていた。
微かにだが、体が震えていることに気が着いた。
「目が慣れるまでで良いから…八雲君のことが見えるまで」
胸の上の重さに、呼吸が辛い。
触れるすべてのものが、自分にはない柔らかさを持っている。
息を吸い込む度に襲ってくる匂いに、思わず酔ってしまいそうだ。
背中に回そうとする手を、必死で食い止めた。
(ああ、くそっ)
奥歯を噛み締めた八雲は、静かにその時間が過ぎるのをただひたすら待っていた。
「ブレーカーを見てくる」
ある程度、暗闇に慣れてきた。
物の輪郭だけでなく、凹凸や色合いも分かる。
それでもほとんどが濁ったような色なのだが。
「あ!ちょっと待って!」
立ち上がる八雲のジャージが引っ張られる。
しかし今度は控えめにジャージの裾をちょんと摘む程度だった。
「今度は何だ」
「もう少しだけ、待ってくれない?」
「どうして」
「どうしてって…」
晴香は言葉を濁す。
真上から降り注ぐ八雲の視線から逃れるように、そっぽを向く。
ぐにぐにと波を打つ唇の動きまでも見えるほどに、八雲の視界は開けていた。
「…いったい、何だって──」
言うんだ。
続くはずだった言葉が、途切れてしまった。
まじまじと晴香の顔を見つめる。
八雲ほど暗闇に目が慣れていない晴香は、見られていることに気付かない。
外の様子を窺うように、窓のほうへ目を向けている。
降りしきる雨粒に街灯の灯りが反射する様は、昼間の川辺のようだった。
それでも八雲の目が晴香から離れることはない。
「ふっ」
「どうしたの?」
晴香が顔を上げる。
暗闇に甘んじる晴香の頬は、未だ赤らんでいる。
「もう少し待ってやっても良い」
「本当!」
「ああ、暗闇に目が慣れるまで時間が掛かりそうだしな」
「そうだよね。さっきから私も、八雲君の顔すら見えなくて」
「僕も一緒だ」
言いながら、八雲は口の端を吊り上げて晴香の様子を眺めていた。
我ながら悪趣味だとは思ったが、すぐ傍で一喜一憂する晴香を見ているのは楽しかった。
“見えない”と言うことが、彼女の表情をさらけ出しているようだった。
さて、いつまで見えないフリをしようか。
八雲は考えながら、晴香の腰に手を回した。
end.
長いわりにオチが…
この後はお泊まりコースなんでしょうかね?
ズバリどうなんですか八雲さん。
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