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八雲で八晴!

梅雨も終わりに近付いてきましたね!
雨の日のお話です。

八雲/八晴(恋人設定)

「アップルパイ…ですか?」


晴香は聞こえてきた言葉を反芻した。
受話器の向こうの声が、一段と輝かしいものになる。


『この間、テレビで紹介してたのよ』


電話の相手は刑事の熊を飼い慣らしている敦子さんだ。
以前はあまり関わりのない人だったが、今では長電話をする仲。

世間話から恋の話まで。人生の先輩には相談することが多い。


『都心の方のお店だから、なかなか買いに行けなくてね…』

「そうですよねぇ」

『奈緒がど〜しても食べたいってわがまま言って』

「奈緒ちゃんが!」



それは珍しい。

地団太を踏む奈緒の姿を想像し、頬が綻んだ。


そうか。奈緒ちゃんもわがままを言うようになったんだ。



「わかりました」

晴香は二つ返事で引き受けた。

そもそも断る理由がない。
最近、後藤家へ遊びに行ってなかったし。
そうだ。せっかく遊びに行くのだから、アイツも連れていこう。

手短に今週の日曜日に向かうことと、八雲を連れて行くことを伝えた。

少なくとも恋人である八雲と、おしゃれな街を歩く。

それはそれは心が躍る光景。


『ふふふっ』

「どうかしました?」

『久しぶりなんじゃない?』

「…何がですか?」

敦子の怪しい笑い声に、電話越しに身構える。

『八雲君と…で・え・と』

「っ!!」


漫画ならば語尾にハートマークが書かれたであろう。

否定しようとしたが、デートらしいデートがご無沙汰なのは事実。
捜査に付き合わされた回数の方が多いのが現実。

『あらあら照れちゃって』

「て、照れてませんっ!」

『とにかく八雲君も連れてきてね。奈緒も二人に会いたがってるし』

“二人に”の言葉に、八雲を連れて行かないという案はすぐに却下された。
八雲と一緒に行ったら、からかわれるのは百も承知。


「…了解です」


しかし、晴香に断る権利などなかった。






今思えば、敦子さんは始めからそのつもりでおつかいを頼んだのではないか。
日曜日の青い空を見上げながら、晴香はふとそんなことを考えた。


おしゃれな街でデート。

八雲とそんな街を歩けるだなんて夢にも思わなかった。
一度歩いたことがあるけれど、あれは恋人としてではなかった。

今日はちゃんと、恋人として───


…つまり何が言いたいかと言うと。


「何をボーっとしてる」


そんなことを考える余裕があると言うこと。



「ちょっと、もう少しゆっくりしても良いでしょ」

歩調を合わせてくれるとか、手を繋いでくれたりしたって良いじゃない。
一番言いたいことを言わずに飲み込む。

「僕の目には十分ゆっくりしているように見えるが?」

「…八雲君は早く帰りたいの?」

「…本音を言えばそうだ」

晴香はスカートの布地を握った。
急かす八雲に、今日はずっと握りっぱなし。


お目当てのアップルパイは買えた。

この街に用事がないのは確か。
しかし、せっかく電車を乗り継いで来たのだ。

もう少し楽しんでも良いじゃないか。

「………」

周りのカップルに目を向けると、誰もが手を繋いだり腕を組んでいた。
八雲がそんなことをする人には見えないが、羨ましい。

朝からバッチリ決めたメイクを褒めてくれたり、背伸びして穿いたスカートに気付いてほしい。

「やっぱりもう少し…」

視線を戻す。
しかしそこに八雲の姿はない。

慌てて辺りを見渡すと、駅の方へ歩く八雲を見つけた。

「待ってったら!」

晴香は人混みの中、八雲の背中を追いかけた。

後藤家に向かう間も、晴香は八雲の後を着いていくだけ。
ときめくような展開も、ドキドキするような展開も何もない。

八雲にはデートと伝えていないため、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
しかし、恋人とのお出掛けでこれはないだろう。


晴香は八雲の後ろで頬を膨らましていた。
相変わらず八雲は手を繋いでもくれなければ、歩調を合わせてもくれなかった。
むしろ歩くスピードが上がっている。

スカートを握る手に力が籠もる。

いっそのこと、こちらからアタックしてみようか。

晴香がそう思った時。
まるで心を読んだかのように、八雲が足を止めたので驚いた。

「来たか…」

何が、と訊ねるよりも先に手首を掴まれる。
急な展開に驚く間もなく、八雲は走り出した。

「ちょ、ちょっとちょっと!」

突然のことに晴香は頬を赤く染める。
彼の手は態度とは裏腹に熱い。
つられるようにまた、晴香の体温も上がっていった。

「八雲君ってば!」

走りながら顔を上げる。
そのとき、肌の上に何かが落ちてきた。

「?」

首を傾げ空を見上げると、今度は鼻の先に冷たい何かが触れる。

「雨!」

「やっと気付いたか」

晴香も速度を速め、八雲に並んで走る。
それでも幾分か差が出てしまい、晴香は八雲に引っ張られるように走った。

すれ違う人々は傘を差している。
ときどき鞄を傘代わりにする人もいた。

それほどまでに雨は強くなっていた。



八雲もさすがに諦めたようで、進路を変えてコンビニに入った。

「びしょびしょ…」

濡れたスカートをハンカチで拭う。
八雲の頭も拭いてやろうとしたが、手で避けられてしまった。

「風邪引いちゃうよ」

「僕はいい」

「よくない」

八雲の手首を掴み、ハンカチを頬に押しつけた。

「…それよりも早く行って、シャワーを借りた方が効率的だ」

顎で窓の外を指す。
外を見て晴香はぎょっとした。
明らかに雨が酷くなっている。

「傘…買うしかないかぁ」

店員が店の奥から大量に傘を出してくるのを見ながらぼやく。
どの傘にしようか。大きさや素材を見て悩む。

唸る晴香を横目に、八雲はよくある無個性なビニール傘を手にした。
待たせては行けないと、晴香も慌てて傘を取るが防がれる。

「?」

「一本で十分だろ」

「えっ!?」

早足でレジに向かう八雲の後を追いかける。

「い、一本でって…」


それはつまり…


男女が一つの傘の下、身を寄せ合う…



全身の血液が顔に集まる。
レジの店員が下心満載に口を歪めていたのは気のせいか。

「こ、これってその…あ、ああ」

「二本も買うだなんてもったいない」

「もったいなくても!…これはちょっと…」

「うるさいな」

お金を払い、店の出口に向かう八雲のあとを追う。
広げた傘は二人が入るにはやっぱり狭い。
晴香は八雲のシャツの裾を掴んだ。

「敦子さんに…何か言われちゃう…」

「何を」

「こ、恋人同士みたいって…」

「それがどうした」

ぐいと引っ張られ、傘の下に招かれる。
今度は手首じゃなくて、手を握られた。

「僕たちは恋人同士なんだから、恥ずかしがることはないだろ」

そう言った八雲は、耳まで赤くなっていた。






end.



収拾がつかなくなってきたので、この辺りで。
相合い傘を書きたかったのですが、あまり書けなかった!無念!
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あ、は相合い傘の、あ
こんにちはー。
毎日暑いですね。先日今年初のクーラーをつけました。そして梅雨明けしましたね(関東在住)。いよいよ水着の季節です(え?)

晴香ちゃんのウキウキ感がかわいいそして彼女以上に相合い傘意識しすぎよ八雲くん(笑)
熊を飼い馴らしている!一番ウケた一文(笑)。熊の首輪に繋いだリードを握る敦子さんが容易に想像
地団太ふむ奈緒ちゃんかわいいっ!熊は、奈緒ちゃんのお願いを八雲たちに取られて、ヤキモチやいたことだろう(笑)
delia 2012/07/19(Thu)20:13:09 編集
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