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八雲で八晴!

一つ前のお話の八雲視点。
こっちだけでも楽しめるように努力しましたが、二つ一緒にお楽しみ下さい!

八雲/八晴

登録者の少ない電話帳から彼女の名前を探し出し、通話ボタンを押した。
コール音を数えながら駆け足になる足元を落ち着かせた。

『もしもし』

意外にも早くコールが途切れ、八雲は息を飲む。

スピーカーから聞こえてきたのは懐かしい声。

何ヵ月も何年も離れていたわけではないのに。


“会いたい”———


なんて、柄にもない感情。
それを抑えるように、八雲は「僕だ」と切り出した。


『僕だ、なんてオレオレ詐欺ですか?』

くすくす笑い声が聞こえた。
張り合うように鼻で笑い返す。

「どうせ僕だと知っていたんだろ」

電話に出る前に表示された着信相手を確認するのは彼女の癖。
まあその癖がなくたって切り出しは「僕だ」だっただろうが。

『八雲君から電話掛けてくるだなんて珍しい』

話を反らすな、と言おうとしたが晴香の言葉に口元が淀む。

「…僕から電話を掛けちゃいけないのか?」

倍返しにして言い返してやろうとしたが、口から出てきたのはなんともみっともない言葉。
事実なのだから仕方がない。

『う、ううん!』

それを聞いて、晴香が十分に慌てたの声だけ分かる。

コイツは僕をからかいたいのか、そうじゃないのか。一体どっちなんだ。
思わずため息が漏れる。

「そもそも帰ってきたら連絡寄越せと言ったのは君の方だろ」

『じゃあもしかして』

「今朝、帰ってきたばかりだ」


あれは先週のことだっただろうか。
講義も終わり、映画研究同好会の部室で彼女と他愛もなく過ごしていたときのこと。

突然後藤がやってきたかと思えば、詳しいことも話さずに強制的に連れ出された。
どうせ直ぐに返してもらえるだろうという八雲の考えは見事に裏切られ、現在までに至る。

また泣かれては困ると晴香に連絡したときの会話を思い出し、八雲は鼻先を掻いた。


『ふふっ』

「どうした?」

『ううん、なんでもない』

テレビでも見て笑ったのだろう。
いちいち気にするようなことでもなかった。

彼女が笑うと何故だか僕も口元が緩む。
普段は口の回りの筋肉を引き締めているが、電話をしている今。
我慢することはなかった。

『怪我とかしてない?』

「君じゃないんだ。そう簡単に怪我なんてしない」

指に巻いた絆創膏を隠すように、ポケットに手を入れた。
予想通りに噛みついてきた晴香をいつものようにあしらう。

『ご飯は食べてた?』

「あそこのコンビニの飯はもうこりごりだ」


都心から離れた場所。

周囲には他の商業施設もなければ、人もいない。
女の店員と嫌でも顔馴染みになり、明らかに営業とは関係ないことまで一方的に話し掛けられた。

疚しいことはしていないが、晴香には話さないでおこう。
しかし黙っているとまるで疚しいことをしたみたいじゃないか。
八雲はガリガリ髪を掻く。


『ふふっ、パンと牛乳で張り込み捜査ですかぁ』

晴香ののんきな声に八雲はため息を吐いた。

「…他人事だと思って」

やはりあとで正直に言おう。
歩く速度が遅くなったことを八雲は知らない。

『冗談冗談。ちゃんと寝れたの?』

目的地目指して歩き続けていた足が止まる。

「寝れた」と答えられれば良いのだが、事実は異なる。
突然の出来事で泊まる場所などなく、ほとんどが車中泊だった。
それだけでなく事件のことが気になり、まともに眠れなかったのだ。

なかなか言い出すことが出来ず、罪悪感が胸いっぱいに広がる。

八雲は話を反らすように話題を探した。

「…さっきから質問ばかりだな」

『そうかな?』

これ以上追求する様子のない晴香に、ほっと胸を撫で下ろす。
止まっていた足が動き出した。

「まるで母親だ」

『私はそんなひねくれ者を生んだ覚えはありません』

「僕だってドジで間抜けで、トラブルメーカーな母親から生まれた覚えなんてない」

ふんと鼻で笑うと、向こうからも張り合うように同じような音がした。

本当に子供っぽい奴だ。
堪えようとしたが、堪えきれずに笑い声が漏れた。
そして細かいことを気にしている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「…ノーだ」

『な、何が』

「質問の答え」

どうやら忘れていたみたいだ。
『あぁ!』と声を上げ一人納得した後『眠れなかったの!?』と大声で聞き返してきた。

「マイクの近くで大きな声を出すな」

耳から携帯を離したが遅かった。耳の奥がきんきん痛む。

『そ、それで体は大丈夫!?』

「そんなに心配するようなことじゃない。いつものことだ」

でも…と晴香が言い淀む。

『睡眠はしっかり取らなくちゃ駄目なんだよ?』

「それを僕に言うのか」

八雲はくっと笑った。

「まあ、今夜は君の言う通りゆっくり寝させてもらうよ」

君の部屋でね…なんてこと言えるわけがなく、口の端をぎゅっと紡ぐ。
彼女は一心に心配してくれているのに、一度でもそんなことを思ってしまった自分を嫌悪した。

黙りしている晴香に、まさか口走ってしまったのではと焦る。

『夕飯はまたコンビニ?』

「また質問か」

晴香の様子からして妙なことは口走っていないよう。
早くこの妄言を忘れようと急いで続けた。

「まだ決めていない」

しかし八雲は後悔した。


『だったら食べにくる?』

思いもしなかった言葉。
いや、普段ならば想定内だったかもしれない。

夕日が背中を照らしているからか、妙に身体が熱い。

冷静にならねば。
顔を上げた八雲は、こちらに向かってくる人影を見て足が止まった。

『ちょうど今ね、夕飯作ってるとこなんだけど…ちょっと間違えたら作り過ぎちゃって』


すぐ耳元で聞こえているはずなのに、まるで水中に潜っているよう。

遠く向こうにいる人影が夕日に照らされ眩しい。

しかし目を離すことが出来ない。


『食べにこないかなぁ…なんて』

「ちょっと間違えたくらいで、夕飯が一食分も増えないと思うが?」

駆け出しそうになる脚に力を入れ堪える。
こちらに向かってくる少女は照れ臭そうに前髪を弄っている。

「まあ、君らしいと言えば君らしいが」

『それって料理が下手って言いたいのかしら?』

少女は頬を膨らます。
八雲は笑みをこぼしながら否定する。

「まだ気が付かないのか?」

『何がよ』

「前」

『前?』

少女が顔を上げる。



「夕飯を作っているんじゃなかったのか?」






「おかえりなさいっ!」

「ただいま」

「長い間、お疲れさまでした」


八雲は晴香に聞こえないように呟いた。



「ありがとう」






end.



一つ前のお話の八雲ver
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