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八雲で八晴。

だんだんと増えてゆくもの。

八雲/八晴(友人?恋人?)

「………」

「あ、ゴム留めあるけど使う?」



B棟裏手の部室棟、下の階の一番端の部屋。

名だけの同好会、映画研究同好会の部室には今日もまた晴香が遊びに来ていた。





「八雲君くらいの長さなら結べると思うんだけど」


立ち上がった晴香は冷蔵庫に向かった。

八雲のように冷蔵庫の中に物を収納する趣味はない。
フフフンと上機嫌に歌を口ずさみながら冷蔵庫の上の戸棚に手を掛けた。


一方の八雲は眉を寄せ、読み掛けの本から逸らした視線を晴香に向ける。

どうして前髪が邪魔だと思っていたことを気付かれたのか。

いいや、そんなことよりもーーー


無意識のうちに前髪を触っていたことを八雲は知らない。



「あったあった」と櫛を片手に振り返った晴香の視線と八雲の視線が交わる。
晴香は険しい表情をした八雲を見て首を傾げた。

「ピン留めの方が好み?」

髪が短いくせに、ピンなんて持っているのか。
戸棚に手を伸ばす晴香を片手で制した。


なんだろうか、この違和感は…


伸ばした右手を眉間に持っていき、そのままコツコツと叩く。


何を悩んでいるんだろう?


真剣に考えているのを邪魔してはいけない。
晴香は冷蔵庫の中から期間限定カボチャのプリンを二つ。
本棚に置かれた丸い缶から銀のスプーンを二本取り出し、机の上に静かに置いた。


この様子じゃ髪の毛を結ぶのはあとになりそう。

これが原因で機嫌を損ねられてもしょうがない。

再度本棚の前に行くと、晴香はティーパックを選び始めた。
実験用のアルコールランプの上で、ティーポットが沸々と音をたてる。

「今日はアールグレイにしようかな」

スプーンが立て掛けられていた缶からスティックの砂糖を三本取って席に着いた。
紅茶の支度をする間も、八雲は眉間を叩いたり撫でたり。
悩み事が解決する気配はなかった。

「八雲君は二本だよね」

ペアのティーカップに紅茶を注ぎ、砂糖を渡す。
それが合図だったかのように、すっと顔を上げた。

「僕の気のせいかもしれない」

「いいよ。話してみて?」

紅茶をスプーンで混ぜる。
くるくると回りながら見えなくなっていく粒。


まっすぐに見つめてくる瞳は真剣なものだった。





「君の私物、また増えたんじゃないか?」



………。

少し薄いかもしれない。

…うん、やっぱり薄い。


「ティーパック一個じゃ少ないかなぁ」

「話を逸らすな」


顎を掴み、無理矢理顔を上げさせられた。
八雲の長い指は顎のみならず頬まで掴み、せっかくのロマンティックな雰囲気が台無しだ。
もともとロマンティックな雰囲気など微塵にもないのだが。

八雲も八雲で指の力を強めたり弱めたり。
いったい何が面白いのか、是非とも問いただしたい。

「やめへよう」

「それは僕のセリフだ!」

晴香の顎を掴んだまま「あれはなんだ!」と指を指す。
目だけ動かし、八雲が指差した方を見上げる。

そこには細いわりには丈夫そうな紐が、部屋の端から端までを繋いでいた。

「先週までなかったぞ!あんなもの!」



それだけじゃない。


ゴムやピンだって、それが仕舞われていた戸棚だって。

アルコールランプの上のポットも。紅茶がたっぷり注がれたティーカップも。
砂糖やスプーンが立て掛けられた缶も。紅茶も。

ロッカーの中の箱の中身だって。


全部全部、この部屋にはなかったものだ。



「あんなものとは失礼ね。立派な物干しよ」

ものが勝手に増えるわけがない。
すべて、いつの間にかコイツが持ち込んでいたものだ。


誇らしげに胸を張る晴香に八雲は容赦なく頬を摘まむ。

「いひゃっ、いひゃい!」
ああいう物干しがあるのは知っている。
しかし問題はそこじゃない。

「どうしてあんなものがあるのかを聞いているんだ!」

「だって…これから寒くなるでしょ?コートかける場所が欲しいなぁ…なんて」

言い終わるよりも先に鼻を摘まむ。
そのままぐいと顔を寄せて、至近距離から晴香を睨んだ。

「僕の目には柿が干してあるように見えるんだが…?」

八雲は震える拳を抑えながら柿に目を向けた。

部屋の端と端とを繋ぐ紐から垂れ下がる柿。
それも一個や二個じゃない。随分な数がある。

「親戚のおじさんが、送ってくれてっ」

「それがどうして僕の部屋にある」

「や、八雲君は干し柿嫌いなの?」

「………」

嫌い、ではない。むしろ好きだ。

黙り込む八雲に晴香は「えへへ」と笑った。

「おすそわけ」

鼻を摘ままれたまま笑う晴香の間抜け面といったら。
怒る気力すら失せてくる。

「はぁ…」

溜め息を吐いたら、疲れも一緒になって出てきて肩の上に乗っかった。
摘ままれていた指が外れた鼻先を晴香は撫でていた。

「…そんなに私のもの、多いかな?」

「ロッカーの中の箱の中…服は良いが、下着は紙袋に入れるとかしろ」

「ちょっ…見たの!?」

「見られたくないものだったら、ここに置くな」

八雲は読んでいる本でうまく顔を隠した。

「…でも、八雲君も使ってたりするんでしょ?」

しかしこの一言には動揺を隠せなかった。

パイプ椅子から転げ落ちそうになりつつも平静を保とうとする。
うまくいったかどうかは知らない。

バクバクうるさい心臓と、内側から込み上げてくる熱に八雲は記憶を遡る。

「な…何が」

「スプーンとか、タオルとか」

「あ、ああ…」


そういうこと、か。


ほっと胸を撫で下ろす。
心臓が落ち着きを取り戻すのにそう時間は掛からなかった。

「それってつまり、お互い様ってことだよね?」

肘を着いた手に顎を乗せ、晴香は歯を見せ笑う。

良い意味でも、悪い意味でも無邪気な彼女。


「…見られたくないものは厳重に仕舞うんだぞ」

「はーい!」



とりあえず、今日のところはこれくらいにしといてやろう。






「あ!ねぇねぇ、八雲君も私の家に物を置いていいよ!」

「…僕を」

「?」

「なんでもない」






end.



久しぶりのへたれ気味八雲君とそれを振り回す晴香ちゃん。
自然と共用するものが増えていく幸せを噛み締めちゃえばいいよ。
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