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八雲できょうのはるかです。

前回に引き続き、二人でおさんぽ中でございます。

きょうのはるか

「やきゅー!」



“見ててね”


と、尻尾で合図を送りぴょんと跳ねる。



ここは広い公園の敷地内。

辺りは木々に囲まれて、地面は落ち葉に埋め尽くされている。

溝の中とは違い、晴香は自由に跳び跳ね走り回っていた。



「ぴょん!」

「それは忘れろ」






広い公園ということもあって、辺りには誰もいない。
晴香は赤い落ち葉を見つけては、一つ一つ「やきゅもきゅん」と報告をする。


これが近所の児童公園なら、こうはいかないだろう。

公園で遊んだことのない晴香は、かごから逃げ出した小鳥のように羽を伸ばしていた。

「今度、奈緒に会わせてみるか」

その前に叔父さんにはなんて説明をすれば良いだろう。
ベンチに腰掛け缶コーヒーに口を付ける。

「おちば!ちゅごい!ね!」

「そうか」

晴香はベンチによじ登る。
ポシェットの中から飴玉を出すと口の中に放り込んだ。

「飴を食べてるときは」

「はちるな!」

「…正解」

誇らしげに尾を振る。足もブラブラと前後に揺れた。
遠くの方でフリスビーをキャッチする犬を見て何気なく呟く。

「ボール、持ってくれば良かったな」

「ある!」

ごそごそと膨れ上がったポシェットを漁り、青色のボールを取り出す。

「たおりゅ、も、ある!」

ボールが出てきたことに驚いていると、ポシェットからタオルも取り出してきた。

「…タオルでどうやって遊ぶんだ?」

すると晴香はタオルに顔を押し付け「すー」と大きく息を吸った。
ぱたぱたとまた尾が揺れた。

ぐしゃぐしゃのままポシェットに押し込もうとする晴香を八雲は止める。

「ちゃんと畳め」

「やきゅ、たため、ないない」

僕も畳まない、と言いたいのだろう。
よく見ているんだなと感心する裏腹、苦笑い。

タオルをポシェットの中に入れ、晴香に返す。

飴玉を舐め終わるまで、晴香は大人しく座っていた。
ふわりと薫ってくるイチゴの匂いに、ポケットに飴玉を入れた犯人を確信した。



投げたボールを取りに走る。
それっぽっちのことなのに、何がそんなに楽しいのだろう。

ボールを追いかけるときはわくわくと、ボールを持ってくるときにはニコニコと。
そしてまた投げて、と期待の眼差しを送る。


空中でキャッチなんて立派なことは出来ないけれど、誇らしげな歩調で帰ってくる。
そんな顔をされては、反射で頭を撫でてしまう。

「楽しいか?」

「きゅ!」

「…そうか」

晴香から受け取ったボールを手の中で転がす。
真新しい“はるか”の文字の裏側に、紫色に変色した“やくも”の文字。

遠い記憶の糸を辿る。


自分もこうやって遊んでもらったのだろうか。


大きく振りかぶる八雲の瞳に、立ち尽くす晴香の姿が映り込む。
八雲もといボールには見向きもせず、じっと何かを見つめている。

「どうした」

呼び掛けながら晴香が向く方に目を向け、八雲はあぁと漏らした。

晴香の視線の先には、一台のリヤカーがゆっくりとした動きで走っていた。
荷台に乗った釜、横には大きな文字が書かれた暖簾。
耳を澄ませばお決まりの節回しが聴こえた。

「あれ、なぁに?」

足元に駆け寄ってきた晴香がコートの端を引っ張る。
きらきら輝く瞳とくんくん忙しなく動く鼻が、あれはおいしいものだよね?
と言っているようだった。

しかし八雲の気分は乗らない。

夕飯前に食べてしまうと胃袋の小さな晴香ならどうなるか、なんとなく分かる。
そして何よりも重要なのは、ポケットの中の財布が出てこようとしなかった。

「なぁに?」

「………」

「なぁに?」

「………」

視線を逸らそうにも、ちょこまかと移動しては無理矢理入り込んでくる。
一際大きな溜め息を吐く。

「……今日だけだからな」

「だいちゅきっ!!」

右脚に飛び付いてきた晴香をそのままに、八雲はベンチの荷物を取りに行った。






軽くなった財布を眺め、八雲は溜め息。
晴香は荷台の釜が気になるようで落ち着かない。


晴香の「おいちいの」のリクエストに答えた焼き芋は、かじってもいないのに甘い匂いを漂わせている。
冷えた両手を暖めるのには充分だった。

「行くぞ」

「きゅっ」

「お嬢ちゃん、またね」

「ま、た、ね!」

もうしばらくは買えないだろう。経済的に。
ぶんぶん腕を振り回す晴香の手を引きながら、ベンチに戻る。
腰をかける頃には、リヤカーはまた動き出していた。

「またね。ま、た、ね」


また新しい言葉を覚えた晴香はうんうん頷き、リヤカーに向かって手をまた振った。

「またね、なに?」

「またねはお別れの挨拶だ」

意味も分からず使っていたのか。

「おわかれ?」

「お別れした人に、また会いましょうって意味を込めて…」

そこまで言って、晴香の目が点になっていることに気付く。
説明に着いていけなくなったらしい。

「はりゅとやきゅ、ないない?」

「必要ないって言いたいのか?」

二三度頷く。八雲はしばらく考えた。

「まあ、君と僕との間では必要ないかもな」

なるほど、と納得したように八重歯を見せながら笑う。

「やきーも」

名前を教えていないのに、喋ったことに驚いた。
が、思えば「いーしやぁきいーも」と何度も耳にしていたのか。

「いーしやぁきーもー、やーきもーおー」

一節歌ってきゅふきゅふと笑う。
それから八雲の手の中の焼き芋を指差す。

「やきーも?」

「あぁ、これは焼き芋だ」

「やきーも!」

アルミホイルと新聞を剥がし、紫色の芋に手をかける。
晴香のタオルを借りながら半分に割ると、中から白い煙がぶわと吹き出してきた。
芋の甘い匂いが蒸気に乗って着いてくる。

隣に座る晴香が、おもむろにベンチの上で立ち上がった。

断面は輝くように黄色く、たっぷりと水気を含んでいるようだ。
思わず唾を飲むと、すぐそばで同じような音がした。

「やきーも!やきーも!」

ベンチの上でぴょんぴょん跳ねるのを止めさせ、小さい方を千切ったアルミホイルで包んで渡す。
焼き芋に負けないくらいの輝いた瞳。


「いたらきます!」


ぱくり。

と、大きな一口。


次の瞬間。



「はふっ、はひゅ」


熱い熱いと上を向いた。





秋の味覚に出会った、晴香なのでした。






end.




選択は八雲がふーふーしてあげる…で。
入れられなかったけれど、焼き芋の匂いがするタオルをすーすーする晴香を書きたかった(´・ω・`)
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