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八雲で八晴。

今年最後の更新です!
来年も今まで通り、マイペースに書いていけたらと思います。

八雲/八晴(恋人未満)

パイプ椅子に深く腰掛け、静かに息を吐く。
溜め息なんかじゃないと言い聞かせるも、結局は溜め息だったわけで。

落ち込んでいるわけじゃない。ただ、困っているだけだ。



大学が休みになって一週間。
今年も残り数日に迫り、外から聞こえてくる喧騒も少なくなった。
大学が終わり、活動中のサークルも少しずつ減っていく。

去年の今頃は実家に帰省し、炬燵から離れられない生活をしていただろう。
ミカンを延々と食べていた頃が、遠く昔のことのように感じる。


しかし、叔父である一心が亡くなった今。

契約上、あの家は僕のものでも、そこには別の家庭があった。


血の繋がりのある奈緒も、今では後藤家の立派な一人娘。
今までも頻繁に会っていたわけではないが、日に日に奈緒の存在が遠くなっていた。


行ってはいけない。帰ることは許されない。

あの場所へ行こうとすると、自然と足が重たくなる。


「帰る場所が、ないんだ
な…」


八雲はそう口にすると、目頭を腕に押し付けるようにしてふて寝した。






次に八雲が目を覚ましたのは、部屋の中が暗闇に包まれる頃。

「や、やぁ!」

と、緊張した面持ちで目の前の席に座る晴香に起こされた。

「まだサークルがあるのか?」

「今日でおしまい」

「日が沈むとめっきり寒くなる。風邪をひく前に帰った方がいい」

「う、うん」

「…まぁ、なんとかは風邪をひかないと言うがな」


「……うん」

どうもおかしい。
いつもならば、自分から話を持ち出してくるのに。
会話のキャッチボールは一方的だ。

八雲が顔を上げると、同時に晴香が口を開いた。

「おっ、大晦日…っ!」

舌を噛んだらしく、きゅっと眉を寄せる。
しかし負けじと晴香は続けた。

「予定っ!…ない?」

「ない…が」

晴香の勢いに押され、背を反らす。
開いた間を埋めるように「じゃあ!」と迫ってきた。

「もし良かったら…一緒に過ごさない?」





…ここまでは良かった。

正確に言うと、ついさっきまでは良かった。


ナイーブになっていたせいもあるだろう。

親しい異性から誘われて、浮かれないような男じゃない。


大晦日をともに過ごすんだから、お泊まりセットももちろん用意して。
過ちが起きたときのためにも、色々と下準備をして。

部室まで迎えに来るという晴香を、今か今かと待ち構えた。

しかし部室にやってきたのは、晴香だけではない。


何故か後藤も一緒にいた。


その時、一瞬にして全てを悟った。


どこで過ごすか、なんて聞いていない。

二人きりで過ごそう、なんて言ってない。


この時ばかりは、頭脳明晰な頭をとても憎んだ。
もう少し夢見心地を味わいたかった。

苦笑する晴香と笑う後藤の乗る車に乗り込むと、八雲はまたふて寝した。






そして、現在に至る。

炬燵に足を突っ込み、机の上に伏せる。

夕飯の時からアルコールを飲んでいたため、部屋の中は酒臭い。
唯一の未成年である奈緒が横になってから、勢いが増したような気がする。

「おう、八雲も飲んだらどうだ?」

「八雲君はビールが苦手なんですよ。ねっ?」

「なら酎ハイもあるわよ」

「…遠慮します」


ここは後藤家。つまりは元僕の家。

行っては行けないと言い聞かせていたのに、どうしたことか。
去年と同じようにこの家で、炬燵に足を突っ込みミカンを食べているではないか。

変わったのはここにいるメンバー。
以前はこんなにも騒がしくなかった。


ミカンと同じように炬燵の上にはビールやつまみが置いてある。
夕飯を食べ終わり、年を越すその時まで時間を過ごしていた。

「八雲君…」

晴香が寄ってくる。
奈緒の肩にカーディガンを掛けてやったため、薄着だ。

もじもじと腕を合わせ、喉元まで出かかった言葉を出そうとする。
結局は何も言えずに終わるのだが。
仕方ないなと溜め息を吐き、後藤に目を向ける。

「どうせ後藤さんの案なんでしょう?」

わざわざコイツを使って、僕を誘ったのは。

「普通に誘っても来ねぇだろ」

聞こえていたようで、向かいの後藤は肩を透かせた。
続けて敦子がふふふと楽しそうに笑う。

「だから晴香ちゃんに協力してもらったの」

「………」

晴香を睨む。やはり彼女も一枚噛んでいたのか。
一人浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。

冷やかすような夫妻の眼差しが静寂を包む。
気まずさを拭おうと再びミカンに手を伸ばしたその時。

「私は…八雲君と過ごせればそれで良いかな…って」

ミカンを剥く手が止まる。
おっ、と後藤夫妻の顔が好奇に輝く。
しかし八雲は自分のことで精一杯で、皮肉を言うことも出来なかった。


それは、どういう意味なんだ?


聞きたくても聞けない。
我ながら感じた女々しさに構う余裕もなかった。


「なーんてねっ」

そう言うと、晴香はあははと笑った。
晴香の笑顔が固いことに八雲は気付かない。

見え見えの嘘を吐くな。と口では言いつつ、心臓は煩い。
顔の熱を抑えようとミカンを口の中に放り込む。
甘酸っぱさが、今はとても苦く感じた。

「なーんだ」

「…どうしてそこで後藤さんが残念がるんですか」

「そりゃあ、なぁ?」

「ねぇ?」

後藤と敦子が顔を合わせる。
好奇の眼差しには慣れているはずなのに、とても悔しく舌を打つ。

「そんなに嫌なら、お前も早く家族を作ればいい」

「……家族…」

一瞬だが晴香と目が合った。
すぐに逸らされてしまったから、本当は合っていないのかもしれない。

そういえば、以前もこんなことがあった気がする。

あれは彼女の実家でのことだったか…

「や、八雲君」

「どうした」

今度はちゃんと、目が合う。視線が交わる。


「来年も、一緒にすごそうね」


どこで。誰と。


そこまでは言わなかったし、聞かなかった。


「そうだな」


とだけ、約束を交わす。





近くで108の煩悩を祓う鐘の音が聞こえた。






end.



皆さん、よいお年を!
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