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2013年度一作目は八雲で八晴!

あけましておめでとうございます!
今年は、なるべくいろんな作品を残して行きたいと思います。

八雲/八晴(恋人未満)

大晦日の続き?

目覚めて最初に見たのは、見慣れた天井だった。

窓の外が明るいことから、今が昼頃であることは確か。
しかし正確な時間までは分からない。

時計を探して視線を巡らせたが、重い瞼に耐えきれず八雲は潔く諦めた。


仕方ないと目を瞑り、冷めた空気を吸う。
同時に、白米の炊ける匂いが鼻をくすぐる。

空っぽであることを思い出したかのように胃袋がぐうと鳴き、薄目を開けた。
普段からまともな食事をしていない身体に、この匂いは刺激が強い。

目を閉じ唾液をこねるように口をもごもご動かすも、胃袋は満たされない。

当たり前のことである。


台所へ行って味見でもして来ようか。
そこにいるであろう敦子と晴香から、どう逃げるか。

考えながら手を着き、起上がろうとした。

そこを首から背中にかけての鈍い痛みが走る。
身体中の筋肉が固まり、寝返りを打とうにも言うことを聞かない。


八雲は大人しく起き上がるのを諦めた。



大晦日。

晴香に誘われ、というよりも半分騙され連れてこられたのは、叔父…いや、後藤さんの家。
一泊したら部室に帰ろう、と決め込んでいたのだが。

三貫日を過ぎた今も、僕はここにいた。



だが一体どうして居間で寝ているのだろう。
昨晩の出来事を思い出そうとするも、金槌で打つような頭痛に思い出させない。

思い出したところで、何か問題があるわけじゃないんだ。
まあいいか、と寝ぼけ眼で再度天井を見上げた。


室内には眩い日差しが射し込み照らされている。
切れた電球を見上げ、いまが朝であることを知った。
チュンチュンと部屋に面した庭を小鳥が跳ねる。
ことことと遠くで何かを煮詰める音もする。


“平和”───

二文字の漢字が脳裏に浮かんだ。


静かな朝を迎えることの出来た喜びに乾杯。

さぁ、これを祝って、もう一眠りしようか。


徐々に下りていく瞼に歯止めを掛けたのは、近付いてくる足音だった。
ざっ、と襖が開くと同時に、庭で遊んでいた小鳥が飛び立つ。

足音は八雲のそばまで近付き止まる。
ことことと陶器が固い台の上に置かれる音に紛れて、鼻歌が聴こえた。


流行りの歌だろうか。

街中で耳にしたことがある。

その時は興味も惹かれず、雑音と化していた音が妙に心地好い。


子守唄のように優しく、そしてか細い声音に耳を澄まし、そっと目を閉じようとした。
透けた瞼の赤い視界に、黒い影が射した。

「あっ!」

咄嗟に強く目を瞑ってしまったのが間違い。
途切れた鼻歌を惜しむ自分を押し出して、八雲は無を繕った。

「八雲君、起きてるでしょ」

「………」

「狸寝入りしたって、分かっちゃうんだから」

閉じた瞼をゆっくり開ける。
ぼやけた視界に広がったのは、懐かしい天井ではなく晴香の姿だった。

晴香は八雲と目が合うと、ふふっと口角を上げて笑った。


八雲と同じように、晴香も後藤の家に泊まり込んでいた。
当初は正月を迎えたら帰るつもりだったが、奈緒や敦子に引き留められるがまま今日に至る。

実家に連絡をいれたら、何故か帰省しないで良いと言われたらしい。
電話を終えた晴香の顔が赤かったのを見て察しはついた。



「おはよう」

「…あぁ」

おはよう、なんて返すことは出来ないが、晴香は満足したように頷く。

「そろそろ朝ごはんだから、二度寝しちゃだめだよ?」

ということは、今は朝か。


晴香は空になったお盆を胸に抱えた。

「ほら、早く起きて?」

床に手を着き起き上がる。
…別にコイツに促されたからじゃない。

はいいいこ、と言わんばかりに晴香が頭を撫でてきたので咄嗟に払う。

「…奈緒たちは?」

「とっくに起きて朝ご飯の仕度してるよ」

仕事の始まっている後藤は、廊下を行ったり来たり。
慌ただしく動く姿に、正月が終わっていく様を目の当たりにした気がする。

「私たちがこうしてられるのも、今日でおしまいだね…」

大学の休みも今日でおしまい。
明日からは講義とレポートに追われる毎日が始まる。

ということは、後藤の家にいられるのも今日まで。
無機質な部室が、ドアを開けられるのを待っている。

「いやだな」


“帰りたくない”


慌てて口を塞ぐ。
しかし、実際に口を開いたのは八雲ではなく晴香だった。

「もう少し、こうしていたいのに」

お盆を握る手に力が入る。
桜色の爪先が、雪に染められたように白く変色した。

「…それはつまり」

八雲が声をかけると、晴香はお盆を落とし、慌てて弁解する。

「やっ!あの、もう少しのんびりしてたいなぁなんてね!」

その弁解が嘘か真かは分からなかった。
たぶん、どっちもだったんだろう。

のんびりしていたいのは事実。

けれども、本心は……



それ以上、八雲が介入することはなかった。


五人揃って朝食を食べて、遅刻すれすれの後藤を見送って。

晴香と敦子は家事をし、視線から逃げるように八雲は奈緒と庭に出た。

冬は肌がぴりぴりと痛む。
羽根突きの羽根が、ひゅうと空に弧を描いた。






「お世話になりました」

深々と頭を下げる晴香の隣で、八雲はくしゃみを一つ。


本来の予定ならば昼頃に帰ろうとしたのだが、今は夜。
朝、またいつでも来いよと告げ送られた後藤が、今度は送る立場にいた。

「あー…なんだ?」

少し格好つけていたこともあり照れ臭そうに無償髭を掻く。

「今年こそは、帰れる家を持てると良いな!なぁ八雲!」

「は?」

八雲が睨むと、後藤は顎で隣にいる馬鹿で鈍感でトラブルメーカーな晴香を指した。
それから出来もしないのに無理して意味深げなウインク。

晴香が首を傾げる。
いつでも帰ってこいと言ったり、帰れる家を持てと言ったり。
矛盾に真意を見出だせない。

「八雲君は分かってるみたいだけど…ねぇ?」

敦子がふふふと笑みを溢す。

「どういうこと?」

「………」

八雲は答えずに敦子をじっと睨む。
いつまでも続くかと思われた冷戦に終止符を打ったのは、かわいらしい欠伸だった。

「もっと一緒にいたかったな…」

口を歪め、小さな身を後藤に預けている。
これ以上長居するのも、奈緒の睡眠時間を奪うだけ。
さらに別れを費やすだけ。

八雲と晴香は手早く挨拶を済まし、玄関戸を開ける。
びゅんと吹いた風が、温もりを少しずつ離していった。
最後にもう一度頭を下げ、奈緒に手を振り外へ出る。

「後藤さん」

そうだ、と振り替える。

「余計なお世話ですから」

ぽかんとした表情の二人を起き、八雲は足早に歩いた。

「ねぇ、どういうこと?」

後ろから追いかけてきた晴香が訊ねてくる。

「また今年も、正月を迎えられるといいな」


君と、という言葉をそっと心の内に仕舞った。






end.



今年もよろしくお願いします。
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