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八雲で八晴。

前回の続きです。お酒話。

八雲/八晴

「これで良いか?」



口に付いた泡を袖で拭き取り、二人を見下ろす。

さすがの石井も、自身に向けられる冷酷な眼差しに気付き、晴香から一歩離れた。






「八雲くんかっこいい…!」

口の中を侵す苦味。慣れないものを口にした嘔吐感。
それらに堪える八雲の耳に、そんな言葉が届いた。

「じゃあ、帰るぞ」

くらくらと目眩がする。けれど堪え、八雲は晴香に手を差し伸べる。

手を伸ばす晴香。
八雲が引き寄せようと腕に力を入れたが、それよりも先に晴香が八雲を引き寄せた。



畳の上に膝をつく。


肩を引き寄せられる。


…抱きしめられる。



「私のために、ありがとう」

その言葉はまるで、酔った晴香とは別の。
いつもの晴香の、言葉のようだった。



「すぅ…」

眠りについた晴香を見て、驚きながらも八雲は胸をなで下ろす。

「では今度こそ帰り…」

晴香を抱え立ち上がろうとする、
が、足元がふらつき、踊るように一回転。
尻餅をついてしまった。

「あーあ、てめぇら二人して何やってんだ」

「…こいつが、重かっただけです」

そう言うと再び挑戦する。
けれど膝はすぐに折れ、とうとう背中から畳の上に落ちていった。

「………」

「車で送ってやるから。もうお前等、俺んちに泊まってけ」

「警察が、飲酒運転なんて…あ、後藤さんは熊でしたね」

「飲んでたのはそいつら二人だけだ」


“二人だけ”の言葉に胃がキリキリと痛んだ。


「あそこは、僕の家です…」

「はいはい分かった分かった。石井、晴香ちゃんの方支えろ」

「は、はいっ!」

額の前で敬礼をし、晴香の肩に触れる。
だが、上から突き刺してくる黒と赤の睨みに思わず身体が石化。

隙をついた八雲は石井と晴香を離れさせた。

「僕一人で運べます」

壁に手を突きながら晴香を支える姿に不安を覚えた後藤。
けれどあの八雲が人の意見を素直に聞くわけがない。

「石井、会計」

「えぇっ!?わ、私がですか!」

「当たりめぇだろ!」

女々しく立ち上がる石井を放り、後藤たちは居酒屋を出ていった。






夜の繁華街を車が走る。
後部座席に座る二人は酔いつぶれ、夜のタクシードライバーになった気分だ。

「大丈夫か?」

「……寝てるだけですよ」

「晴香ちゃんもだけど、お前も」

居酒屋を出るまで、何度転び何度壁にぶつかっていただろう。
八雲以上のアルコールをのんだ石井の方が先に、会計を済ませ店を出たくらいだ。

「そんなことより…どうしてこいつと飲んでたんですか?」

カーブを曲がったときに現れた遠心力。
晴香の頭が八雲の肩に寄りかかってきた。

「晴香ちゃんから誘ってきたんだよ」

ちょうど事件を解決させて、石井と飲みに行く予定だったからな。
後藤の返事をよそに、訪ねた張本人は肩に落ちてきた頭に目を見開いている。

「…そう言えば八雲、晴香ちゃんを怒らせるようなことでもしたか?」

「?」

「いや、飲みながらすげぇ文句言ってたぞ」

それを聞かされていた石井のなんとも言えない顔。

悪口だとしても、恋敵のことを延々と聞かされていたのだ。
恋する彼女の口から。

本当にこいつらの恋模様を見るのは楽しい。


にやにやと口の端を上げる自分とミラー越しに目が合う。

「………」

「おぉ恐い恐い」

それを睨みつける八雲とも…






「ほら、着いぞ」

家である寺に着くも、社宅までは距離がある。

ふらふらと傾きながらも車から出てくる八雲。
そんな八雲に寄りかかり眠る晴香を支えようと手を伸ばす。
が、支えるよりも先に八雲に一蹴されてしまった。

「こいつに…触らないでください」

「…もう勝手にやってろ」






「お帰りなさい」

玄関を開けて迎えてくれたのは寝間着姿の敦子。
後藤と、酔いつぶれてふらふらな二人を見てぷっと吹き出した。

「電話で聞いてたけど…酷い有り様ね」

何か言おうと口を開ける八雲だが、頭が働かない。
パクパクと金魚のような姿を見てくすりと笑い、敦子は微笑んだ。

「お布団敷いてあるから、今日はもう寝なさい」

「……はい」

優しい母の姿に何も言えず、八雲は晴香を引きずりながら奥の部屋に向かった。

「あそこまで晴香ちゃんが酔うなんて珍しいわね」

「なんでも八雲が“お誘い”とやらに乗ってくれなかったんだとよ」

「あらあら」

二人は顔を見合わせて笑うと、二人の後ろ姿を暖かく見守った。






部屋に入るとそこにはもう二組の布団が敷かれていた。

「………」

同じ部屋で眠るというのに、二つの布団が離れた位置にあるからか。
はたまた酔っているからか。

部屋からは健全な匂いしかしなかった。



ふらふらと覚束ない足取りで、手前に敷かれた布団に向かう。

布団を捲り皺一つないシーツの上に晴香を寝かせると、再び布団を掛ける。
風邪を引かなせないように肩まで布団を掛けてやると、急に眠気が襲ってきた。

気付けば、時はすでに夜中の2時を回っていた。


「ふとん…」

呂律の回らない口で呟く。
顔を上げて見たもう1組の布団は、遥か遠くに見えた。

世界はぐにゃぐにゃと不自然に歪む。
立ち上がろうとしたが、すでに脚に力は残っておらず。

八雲は晴香の上に倒れ込んでしまった。
寸のところで手を付いたおかげで、苦しい思いをさせずに済んだ。

「………」


歪む視界の中。

目の前の晴香だけはきれいに、鮮明に見ることが出来た。






「おい、着替えて寝るか?」

ノックもせずに入った後藤は、部屋の中の状態に目を見開いた。

電気も点けず、晴香の上に覆い被さる八雲。

「おうおう、八雲も若いねぇ」

普段の恨みも込めてからかうが、返事はない。
それどころかぴくりとも動かない。

「……寝てんのかよ」

コートを着ているのをみると、晴香を寝かせて力つきたようだ。


こういうときはどうすれば良いか。

このままにしておくのも面白そうだが、晴香ちゃんが苦しそうで可哀想だ。
だからと言って八雲を離すのも勿体無い。

「…そうだ!」


悩みに悩んだ結果。

行動に移した後藤は満足げに無精髭を撫でた。


「これでよし、と」





ぴったりと並んで敷かれた二組の布団。

その中で二人は手を繋ぎ、一つの掛け布団に身を寄せていた。






end.



後藤さんの小さなお返し。
良い意味でも、悪い意味でも。

翌日は二人で二日酔いコース。
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